病識とは 医療保護入院の場合(精神科従事者向け)

 精神医学の用語は、どれも難解で解釈が分かれるが、「病識」という言葉もその一つだ。多くの有名な精神科医の定義がある。しかし、どれも頭によく入らない。わかったような分からないような気がする。わかったふりをするのは精神衛生上よくない。自分なりに納得する形で理解したい。

 私にとって病識について問われる機会がもっとも多いのは、精神保健福祉法に関するものだ。まず、医療保護入院の入院届だ。医療保護入院は、精神保健指定医が入院が必要として、家族等が同意した場合の強制的な入院である。医療保護入院では、入院時の病識にいては、病識が欠如しているとか、病識が不十分だというような病識のなさが必要な条件であるとされる。そうでないと精神医療審査会の審査を通らず、医療保護入院は不適当だということになる。

医療保護入院は、精神保健福祉法第三十三条で規定されている。第二十条の任意入院ができないとき指定医の診察の結果、精神障害者であって、医療及び保護のために入院が必要であるとき、本人の同意がなくても入院させることができるというものである。法律の文書の中に「病識」の言葉はない

 また、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十三条第三項に基づき医療保護入院に際して市町村長が行う入院同意について」の中で、医療保護入院の要件として「指定医が精神障害者であって入院の必要があると認めること」のほか、「入院について本人の同意が得られないこと」が挙げられているが、ここにも「病識」の文言はない。

 指定医は医療保護入院の要件に「病識がないこと」が必要だと思っているが、実は法律の条文中には挙げられていない。

「病識」が公式に出てくるのは、定期病状報告書の中の「今後の治療方針(患者本人の病識や治療への意欲を得るための取り組みについて)」だけだ。これは、医療保護入院の入院時でなく、1年ごとの定期病状報告書の場合である。

  「精神保健福祉法詳解」という書籍の解説で、「第二十条の規定による入院が行われる状態にない」とは、「本人に病識がない等入院の必要性について本人が適切な判断をすることができない状態である」とされている。だが、これは所詮、解説である。でも中央法規という特殊な出版社?なので尊重するとしよう。

 「病識がない」ではなく、「病識がない等」である。そうすると、「第二十条の任意入院ができないとき」という場合はいろいろあるといえる。「犬を飼っているので入院できません」とか、「あした、ネイルサロンの予約が入っている」とか、「仕事に急に穴をあけられないので入院できない」とかの場合がある。 指定医の診断の結果、入院が必要であるが、入院を説得したところ、「あす、仕事に行かないと解雇になってしまうかもしれない」と言って、任意入院を拒否したとき、医療保護入院にしていいのか? 法律的にはいいことになる。

しかしである。

 下の入院届を見てほしい。「医療保護入院の必要性」のところにこう書いてある。

           「患者自身の病気に対する理解の程度を含め、任意入院が行われる状態にないと判断した理由について記載すること」

医療保護入院の入院届

 だから、精神医療審査会では、「病識」に関する記載が重視される。ここに、「指定医の診察の結果、幻覚妄想状態が顕著であり、入院の必要があると判断したが、飼い犬のことが心配で入院できないと主張し、任意入院にできないので、医療保護入院にした」ではダメということなのだろう。

 「判断した理由」には、「患者自身の病気に対する理解の程度を含め」なければいけないのだ。

 だから、普通は、「・・・のため、入院を要するが、病識がないため、医療保護入院を必要とする」とか「・・・病識が欠けているため・・・」とか「・・・病識が不十分なため・・・」とか記載されることが多く、精神医療審査会からもそう求められる。しかし、上述したように法律の条文には書かれていない。

法律から読み取れる医療保護入院の条件とは、 

 ①指定医が精神障害者と診断する ②指定医が精神症状のため入院が必要と判断する  ③入院に同意しない  ④措置入院水準ではない である。

 つまり、医療保護入院の入院要件に「病識がないこと」は含まれない。ただ、「病気に対する理解の程度を含めて任意入院が行われる状態にないと判断した理由」を書かないといけない。しかし、これは矛盾していないだろうか。条文とは少し乖離している。

譲歩して「病気に対する理解の程度」を入れたとして、以下の記載はどうか?

 「患者は精神障害者であって、(指定医の私からみると、)入院が必要であると判断される。ただし、患者は入院に同意しない。患者は自分の病気のことを指定医が思っているより軽く理解していると指定医は判断したそのため、医療保護入院とした」。

 病識の有無とか病識の程度を医師が理解し正しく評価するのは難しい。そもそも病識というものを明らかにすることが困難であり、指定医は自分の病識観をもっているのではないか? また、患者が病気をどのように理解しているかなど指定医にもわかりはしない。患者にも分からないだろう。主観的になってしまうのではないか。

 例によって答えはわかりませんが、「入院届の記載欄にある病気の理解について書けと言うのは法律違反である」とは言えるかもしれません。「任意入院にならない理由」を書く方が正しいのではないでしょうか。

 また、患者の言う理由が本当の場合もあるし、入院したくないために課題に理由を主張するかもしれません。どれが本当か医者にはわかりません。理由と言うほどあいまいなものはないでしょう。しかも、精神疾患は理由の病気であるともいえます。へんな表現ですが、私がつらい思いをするのは、某組織のたくらみによるものであり、その理由は自分が特別な使命を持って生まれたからだなどということになります。

 病識とか患者の病気に対する理解の程度とかは、非常にあいまいなもので、そんなもので正しく判定するのはできないのではないか?上の赤字の①から④でいいのではないだろうか?

 次は、病識の定義について勉強してみます。