精神科医の自殺の抑止力 医療関係者向け

はじめに

 神の手を持つ外科医は、自分の実力を確信できるし、周囲からも確かに素晴らしい成果を挙げていると言われます。

 では、精神科医はどうでしょう? その成果ははっきりせず、治療の効果はいかほどなのかわかりにくいものがあります。ただし、私には、やはり精神科医にも力量の違いはあるのであって生涯にわたって実力を高める義務があると思いますし、精神科医は実際に成果を挙げることができると思っています。

 成果や実力を測るにはいろいろな方法があると思われますが、今回は精神科医が自殺をどれだけ食い止めているかをみてみましょう。このように精神科医の実力、効力、存在意義を測定した研究はあまりないのではないでしょうか。また、多くの人は、医療関係者でさえも、あるいは、精神科に関わる人でさえ、精神科医が自殺を防ぐのではないかということに無関心なようです。その鈍感さには少々驚きます。精神科医の仕事の大きな部分だからです。

 これは、平成26年にある会で発表するために行った個人研究です。公開されている資料をもとに、統計学的研究を行いました。

 ちょっと古いのはご勘弁ください。平成19年の自殺大綱によりますと,平成10年以降,自殺者が年間3万人に増え,先進国では高い水準であること,自殺者の多くが最終的には精神疾患に罹患しており,うつ病などの治療により予防が可能とされ,精神医療に求められる役割は大きいと言えます。当院のあるさいたま市でもGPEネットという自殺対策システムが運用されています。

 精神科医がどれだけ自殺抑止力を持っているかを測定するために,地域の精神科医数と自殺者数のデータをそろえました。精神科医が多い地域では自殺が少ないのか,ということを都道府県別,2次医療圏別にそれぞれ検討しました。2次医療圏というのは、日本を340くらいの地域にわけたものであり、ちなみに当院の属する2次医療圏は、さいたま市です。

 地域の自殺の実態ですが,都道府県の場合でみてみますと,人口10万人当たりの自殺者数は,岡山県が最小で19.7人,秋田県が最大で37.1人と,地域により大きく異なります。精神科医の分布も地域によって随分と差があります。これは、当時の古いデータです。また、秋田県のことを悪くみないでください。それは短絡的過ぎます。地域による気候を含めた多くの複雑な要因が絡んでおり、一概に結論は出せないものです。因果関係はそう簡単にはわかりません。わからないのだと認識することは、知性を整えることの第一歩でしょう。

精神科医数と都道府県の自殺率の関係

 解析方法ですが,2次医療圏の場合をお示ししますが,マイクロソフトエクセルに,日本精神神経学会で把握している地域ごとの精神科医数や人口当たり,面積当たりの精神科医数を入力し,右側に自殺率のデータを入力しました。これらのデータを統計解析ソフトにより分析し,精神科医数と自殺率のピアソンの相関係数を調べました。すると下の表1のようになりました。都道府県の場合です。

 ピアソンの相関係数についてご説明します。0.7-1だとかなり強い相関がある、0.4-0.7だとかなり相関がある、0.2-0.4だとやや相関がある。0.2以下だと、ほとんど相関なしとなります。結果を都道府県の場合でみてみます。精神科医数と男女総数,男性,女性の自殺率の関係ですが,総数,および男性では,-0.4程度の相関係数で優位に負の相関関係がある。つまり,男性では,精神科医の多い都道府県ほど自殺率が低くなるという関係があります。女性ではこのような関係はありません。

 上の図は、表1の1行目、精神科医数と自殺率との関係をグラフ化したものです。男女総数や男性は、その都道府県の自殺率と関係があり、精神科医数が多いほど、自殺を防ぐ傾向があることがわかります。ところが、女性の自殺抑止には、役立っていないことがわかります。

 下は、二次医療圏の自殺と精神科医数との関係です。都道府県の場合と同じように、精神科医が多ければ男性の自殺を減らす傾向があります。ところが、女性の自殺を防ぐことはできないということになります。

 また、ここで、内科医と外科医の数にも注目してみました。すると、自殺抑止にもっとも効果的なのは、精神科医の数、次に内科医の数、そして外科医の数。これから、考えると実にリーゾナブルであり、精神科医が自殺を抑止しているのは統計上の偶然ではないということがわかります。下の図も合わせてごらんください。

二次医療圏の自殺率と精神科医、内科医、外科医の数

 

対面積の精神科医数と自殺率

次に対面積当たりの精神科医数に注目してみました。

 対面積100平方キロメートルの精神科医数が2人を超えるか超えないかで自殺率が変わります。下の表です。

次に,単位面積当たりの精神科医数と自殺率の関係を都道府県でみてみますと,同様に男性では単位面積当たりの精神科医数が多いほど自殺率が下がるという負の相関関係があります。女性ではそのような関係はみられません。

 2次医療圏でみてみましても,この男女の違いは明確で,男性のみ負の相関関係があり,精神科医が多い2次医療圏では自殺者数が少ないという傾向があります。

 単位面積あたりの精神科医が多いと,男性の自殺率のみが下がっているのは2次医療圏でも都道府県の場合と同じです。これらをみますと,都道府県でみても,2次医療圏でみても,精神科医が多ければ自殺率が下がるが,それは男性だけに限るという事実が一致しており再現性の高い事実であることが明確に分かります。

 では,精神科医がどれだけ地域にいれば自殺率が違うのかということをしらべてみました。二次医療圏で,対面積100平方キロメートルに,2人以上の精神科医がいる二次医療圏と居ない医療圏で,自殺率の平均値の差の検定を行ってみました。精神科医が2人以上の医療圏が143、2人未満の医療圏が197ありました。すると,2人以上の精神科医がいる二次医療圏では,有意に自殺者数が少ないことがわかりました。特に男性の自殺は精神科医が2人以上の二次医療圏では,2人未満の医療圏に比べて,約1割近く自殺率が下がっていることがわかりました。

 最後に言いたいことはこうです。精神科医は、自殺の抑止に役に立っている。精神科医の日々の仕事は確実に自殺の減少に関係する。したがって、毎日の地味な仕事が影響しているということをよく考えて、質の良い仕事を必死にしていかなくてはならない。

 女性の自殺抑止に精神科医が有効でない理由ですが、自殺は他者との関係が保たれていることにより防ぎやすくなるように思います。女性は男性に比べて、他者との交流やコミュニケーションが上手です。一方、男性では人間関係が乏しく、まじめな人ほど内面をさらけ出せません。ですから、精神科医とのかかわりが有効なのかもしれません。精神科医は、日々のその言葉、態度、気持ちがどれだけ大切なのか考える必要があります。

まとめ

まとめです。精神科医師の自殺の抑止力を調査するために、地域内の精神科医数と自殺率の相関関係を調べた。

都道府県、二次医療圏とも、精神科医師数の多さと男性の自殺率との間には負の相関関係があった。

女性の場合には、相関関係は認められなかった。

男性の自殺では、内科医、外科医と比較して精神科医の抑止力が最も強い傾向がみられた。

対面積100km2の精神科医師数が2人より多い場合、有意に男女の自殺率が低下した。

男性の自殺では精神科医師数という環境要因に自殺率が依存する傾向があると推定され、自殺の性質の違いが明らかであり、異なった対策が必要であると推測された。

文献

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表題:       推計患者数(患者住所地),性・年齢階級×傷病大分類×入院-外来・都道府県別(総数)表章項目:18推計患者数(患者住所地)【千人】調査年:平成20年(2013年6月15日アクセス)

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