トランプという偉人はありえるのか

トランプ大統領は、やりたい放題。まるで、悪ガキのように単純な男にみえます。

今までの偉人と言われるような人との違いを一言で言うならば、「利他」に対してトランプは「自利」

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まず、今までの偉人の「利他」的な考え方や行動について、ご紹介します。

儒教の場合

 「論語」述而(じゅつじ)第七の第5に、以下の文章があります。

子曰く、甚だしいかな、吾が衰えたることや。久しいかな、吾復た夢に周公を見ず。

(しいわく、はなはだしいかな、われおとろえたることや。ひさしいかな、われまたゆめにしゅうこうをみず)

老先生(孔子)のことば。ひどいものだなあ、ぼけてきたわな、このごろ。もう長いこと、(あれほど慕ってきた)周公の夢を見なくなっている

 孔子は、徳による政治の実現を生涯の目標としていました。 若い頃は、その理想の象徴である周公旦を常に敬慕し、その姿を夢にまで見ていましたが、晩年になり、心身が衰えるとともに理想への情熱や気力が薄れてきたことを、「夢に見なくなった」という言葉で嘆きました。

 実際には、孔子自身は、国の政治の中枢に地位を得ることはなかなかできなかったのですが、多くの弟子を育てました。

 弟子が孔子に人間で一番大切なものは何ですか?と聞かれたとき、「それか」といっています。恕(じょ)は、思いやりです。

トランプの場合、「徳による政治」でなく、「力による政治」でしょう。


周公旦はどんな人

 周公旦は、周王朝の基盤を固めた徳の高い政治家でした。彼は、賢者が訪ねてきたときに、一人一人丁重に迎え入れようと心がけていました。司馬遷の「史記」に以下の記載があります。

  • 一飯三吐(いっぱんさんと): 食事中に来客があると、口に入れた食べ物をすぐに吐き出して(飲み込む時間さえ惜しんで)応接に走った。一度の食事で三度も吐き出したと言われています。
  • 一沐三握(いちもくさんあく): 髪を洗っている最中に来客があると、濡れた髪を手で握り、まとめ直してすぐに応対した。一度の洗髪で三度も髪を握って中断したと言われています。

 人の上に立つ者が謙虚に、かつ迅速に賢者の言葉を聞こうとする姿勢を象徴しています。「利他」や「他者尊重」の例として挙げることができます。


リンカーンの場合

 エイブラハム・リンカーンが書きながらも、あえて出さずに引き出しにしまった手紙があります。南北戦争中のジョージ・ミード将軍に宛てた手紙です。


 リンカーンは、有能とされる人物を順次北軍の将軍に指名しますが、誰も期待外れで、敗北が続きました。

 1863年7月、南北戦争最大の激戦「ゲティスバーグの戦い」で、北軍のミード将軍南軍(リー将軍)に勝利しました。 しかし、敗走する南軍を追撃して全滅させる絶好のチャンスがあったにもかかわらず、ミード将軍は慎重になりすぎてそれを見逃してしまいました。確か、後ろが大河で相手は逃げられなかった状況です。

 ミード将軍が追撃をやめたことを知ったリンカーンは激怒します。 温厚で思慮深いリンカーンですが、「もし追撃していれば、この戦争を今すぐ終わらせることができたのに!」と絶望し、その怒りに任せてミード将軍に厳しい叱責の手紙を書いたのです。

 それはそうです。戦争が長引けば、双方の死者も増えるし、国力は低下します。

手紙の内容

「あなたはリーを捕らえることができたはずだ。そうしていれば戦争は終わっていた。それなのに、あなたは絶好の機会を逃してしまった。これによって、戦争がいつ終わるか全く分からなくなった。私はあなたの行為を到底、喜ぶことはできない。」

なぜ出さなかったのか?

 リンカーンは手紙を書き終えた後、それを投函せずに一晩置きました。そして、おそらくこう考えたと言われています。

  • 「自分が現場にいたらどうだったか?」:泥沼の戦場、血の海、部下たちの疲弊を目の当たりにしていたら、自分もミードと同じように慎重になったかもしれない。
  • 「今、この手紙を出して何になるか?」:ミードを非難すれば、彼は自分を正当化しようとするだろう。あるいは自信を失って辞職するかもしれない。そうなれば、有能な指揮官を一人失うことになり、北軍にとってマイナスでしかない。

 結局、リンカーンはこの手紙に封をせず、自分の机の引き出しにしまいました。この手紙が発見されたのは、リンカーンの死後のことでした。


このエピソードの教訓

 リンカーンは、怒りに任せて相手を批判しても、事態は好転せず、むしろ人間関係を壊すだけであることを深く理解していました。相手の立場に立って寛容になる姿勢を象徴しています。

利他」、つまり自分の利益よりも他人の幸福を優先する精神を体現した偉人は、古今東西に多く存在します。というか、偉人の共通特性を調べてみると、利他という考え方が第一のようです。

 周公旦やリンカーンのエピソードにも通じる、「自己犠牲」や「慈愛」を軸に活動した代表的な人物をいくつかご紹介します。

日本の場合 真珠湾攻撃

 真珠湾攻撃の時にも同じようなエピソードがあります。真珠湾攻撃において、もっと日本軍が追いつめるべきだったという議論があります。具体的には、第1波・第2波の攻撃で戦艦などの「艦船」を叩いた後、「第3次攻撃(第3波)」を行って基地機能を完全に麻痺させるべきだったという点が最大の争点です。

 南雲忠一中将が攻撃を切り上げたのですが、燃料タンク群(貯油施設)などのインフラを破壊していれば、米太平洋艦隊司令長官だったニミッツ提督は、あと2年は戦争が伸びたといっていたそうです。

 連合艦隊司令長官・山本五十六は、南雲の消極的な姿勢に不満を感じていたとされますが、公式に処分を下したりすることはなかったようです。

トランプなら、ひどく叱責し、すぐに首にするでしょう。相手の置かれた状況など気にしないでしょう。

その他の人物


杉原千畝(すぎはら ちうね)

 第二次世界大戦中、リトアニアの領事代理だった彼は、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人に、日本政府の意向に反して「命のビザ」を発行し続けました。

  • 利他のポイント: ビザを発行し続ければ、自分や家族の外交官としてのキャリアも身の安全も危うくなることを承知の上で、目の前の数千人の命を救うことを選びました。

マザー・テレサ

 インドのカルカッタで「死を待つ人々の家」を設立し、最も貧しく、誰からも見捨てられた人々に寄り添いました。

  • 利他のポイント: 彼女は「大きなことはできません。ただ、大きな愛で小さなことをするだけです」と語りました。特別な利益を求めず、ただ相手の尊厳を守るために尽くす、純粋な利他の象徴です。
  • 彼女が宗教生活や利他のために捨てたことはたくさんあると思いますが、一番は、最愛の母との離別だと思います。もちろん、豊かな生活や生活環境、個人資産も恋愛も結婚もプライバシーも捨てたのです。

二宮尊徳(二宮金次郎)

 日本の江戸時代に、独自の道徳と経済を融合させた「報徳思想」を唱え、多くの貧しい農村を復興させました。

  • 利他のポイント: 彼は「推譲(すいじょう)」という言葉を大切にしました。余った分を将来の自分や他人のために譲るという考え方です。「自分の利益を優先すれば国は滅び、他人の利益を優先すれば自分も潤う」という循環を説きました。
  • 実際には、無利子の融資を行い、事業を促進させたり、貧困からの脱出を助けました。ノーベル賞を取ったユヌスよりもずっと前にです。
  • 彼の利他は、自分の気に入った人に対しての利他だけではありません。自分に害を与える人に対しても利他的だった面が見られます。善と悪の認識も自己変革によってかわりました。

上杉鷹山(うえすぎ ようざん)

 米沢藩の藩主で、「なせば成る…」の言葉で有名です。破綻寸前の藩を救うため、自ら質素倹約を徹底し、民衆と共に汗を流しました。産業の育成にも尽力しました。

  • 利他のポイント: 支配者としての特権を捨て、民の生活を第一に考えた「仁政」を行いました。ケネディ大統領が「最も尊敬する日本の政治家」として彼の名を挙げたという逸話もあります。おそらく、ケネディは、内村鑑三が書いた「代表的日本人」を読んでいたのでしょう。
  • 彼は、自分に反逆して法を破った家来のグループを法に従い、処分しています。それが、転機になった気もします。
  • 私の記憶では、前藩主は、問題に立ち向かわず、宴会ばかりして頼りにならなかったのですが、大事なところで、鷹山の味方になり窮地を救いました。大切なことです。

「利他」の共通点

 これらの偉人に共通しているのは、利他を思想や宗教的意味から行っているとおもわれます。また、人間の中には、良心というものが元々あるとカントやルソーならば言うかもしれません。

 そして、その結果を求めません。あるいは執着しません。利他的な振る舞いをした時点で、満たされているのです。そのようにみえます。

 渋沢栄一も、「人が自分にしてもらいたいと思わないことを自分も人にしないこと」としています。「自分がされたら嫌だと思うことを人にしないこと」は割と簡単だといいます。

 自分の気に入った人だけに利他的になるのは凡人でもできます。偉人が利他的になる人は、あるいは、かばう人は、普通の人が嫌ったり、バカにしたりしている人たちです。あるいは、自分に害を与える人や弱者に対しても利他的になれるのです。

トランプは、だいたい人のいやがることを推し進めます。執着します。

貝原益軒の場合

 江戸時代の儒学者である貝原益軒(かいばら えきけん)の思想にも、「利他」に通じる考え方は色濃く反映されています。

 ただし、現代で使われる「ボランティア」のような意味での利他というよりは、儒教の根本精神である「や、万物とのつながりを重視する「天地への報恩」という形をとっています。

主なポイントは以下の通りです。

「仁」の思想:他者への思いやり

 益軒の思想の基底には、儒教の核心である「」があります。これは、他者への深い思いやりや慈しみの心です。

  • 『養生訓』の中でも、ただ長生きすることだけを目的とするのではなく、健康でいることで「世のため人のため、父母のために尽くすこと」を推奨しています。
  • 自分の身体を「父母から授かった大切な借り物」と考え、不摂生を慎むことが、結果として親への孝行(他者への誠実さ)に繋がると説きました。

万物への敬愛(大和俗訓)

益軒は、晩年の著作『大和俗訓(やまとぞっくん)』の中で、「万物への敬愛」を説きました。

  • すべての生き物や自然、そして人間を敬い、愛することが学問の第一歩であると考えていました。
  • 自分一人の利益を追うのではなく、この世界(天地)の一部として調和し、周囲に貢献する姿勢を重視しています。
  • ※「大和俗訓」は、二宮金次郎も彼の藩主も愛読した書籍です。

トランプは、自然環境をあまり気にしないで、石油もどんどん使います温暖化もないことにします。誰かの陰謀ですから。

謙虚さと自己規律

 彼は、「聖人の基準で自分を厳しく律し、凡人の基準で他人を寛容に許せ」という趣旨の言葉を残しています。

「聖人をもって我が身を正すべし、聖人をもって人を正すべからず。凡人をもって人を許すべし、凡人をもって我が身を許すべからず」

これは、自分に対しては厳しくありつつ、他人に対しては温かく寛容であれという、非常に高度な利他的精神の表れです。

トランプは、他人に対してはきわめてきびしくします。自分に対しては寛容です。自分は陰謀に悩まされていると解釈します。

キリスト教聖書の場合

 聖書の中で「敵を大切にする(愛する)」という教えは、イエス・キリストの最も革新的で中心的なメッセージの一つです。主に新約聖書の「山上の垂訓(さんじょうのすいくん)」と呼ばれる説教の中に記されています。

代表的な箇所は以下の通りです。ヒンズー教のガンジーもこの部分が好きでした。

敵を愛し、祈りなさい(マタイによる福音書)

もっとも有名な一節です。

「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と言われている。しかし、私は言っておく。敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」 (マタイによる福音書 5章43-44節)

 イエスは、自分を愛してくれる人を愛するのは誰にでもできることであり、それ以上の「完全な愛」として、自分を攻撃する者をも受け入れることを説きました。

トランプは、自分に反対する意見をきくことはないし、反論するものはクビにする。周りはイエスマンだけ。諫言(かんげん)など大嫌いです。

十字架上での実践(ルカによる福音書)

 イエスは言葉だけでなく、死の間際にもこの教えを実践しました。自分を十字架にかけ、嘲笑している人々に対してこう祈っています。

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」 (ルカによる福音書 23章34節)

父よ、トランプをお許しください。きっと彼は、自分が何をしているか知らないのです。


なぜ「敵」を愛するのか?

聖書が教える「利他」の極致は、以下の3点に集約されます。

  • 報復の連鎖を断つ: 悪に悪で返せば憎しみは永遠に続きます。善で返すことだけが、その連鎖を断ち切る唯一の道だとされています。
  • 神の愛に倣う: 神は善人にも悪人にも同じように太陽を昇らせ、雨を降らせる。その「公平な愛」に近づくことが信仰者の目標とされます。
  • いや、それどころか、善い人がつらい目に合い、悪いことした人がうまくいくことがあります。貝原益軒は、それを「順」とか「逆」という考えで、冷静に捉えています。決して動揺しません。
  • 相手の変化を期待する: リンカーンが手紙を出さなかったように、あるいは貝原益軒が寛容を説いたように、愛や親切こそが人の心を根本から変える力を持つと考えられています。

 周公旦の「吐握の労」も、自分に敵対するかもしれない者さえも賢者として迎え入れようとする、一種の「大きな器の利他」と言えるかもしれませんね。

「右の頬を打たれたら、左の頬も出しなさい」という言葉は、新約聖書の『マタイによる福音書』5章38節〜39節にある、イエス・キリストの最も有名な教えの一つです。

 この言葉は、単に「無抵抗でいなさい」という意味ではなく、実は「暴力の連鎖を断ち切るための、毅然とした愛の姿勢」を示しています。


やられたら、やりかえそう。倍返しだ。関税だってどんどんかける。とんでもないことをやってくる可能性のある強国の中国とロシア以外は気にしなくていい。(トランプ)。


歴史的なつながり

この「右の頬」の精神は、後世の偉人たちに多大な影響を与えました。

  • ガンジー: インド独立運動における「非暴力・不服従」の思想的根拠の一つとなりました。ガンジーは、山上の垂訓が好きでした。
  • マーティン・ルーサー・キング・ジュニア: アメリカの公民権運動で、差別に対して暴力を使わずに立ち向かう際の指針としました。

結論

 多くの聖人、偉人に、「利他」は共通した行動規範です。特に、自分に対して利益を与えるわけでない人に対して利他的です。

 トランプ大統領が、今のやり方で、ノーベル平和賞をとるなどして、「偉人」の仲間に入るとしたら、偉人の本質が変わってしまいます。今までの常識を覆します。壮大な実験のように思えます。ガンジーも自分の人生を実験だと言っていました。

2026年1月