鴎外への鎮魂歌5 母との関係

 鴎外の母親である峰子の教育熱心さはよく知られている。以下主に「鴎外の人と周辺」等を参考とする。母親峰子が教育熱心だった理由だが、峰子の夫は養子である。藩医である由緒ある家系の中で、男系の跡継ぎがなかったために、静男を迎えている。そればかりでない。峰子の父白仙も養子なのだ。つまり、鴎外(林太郎)は、ようやくできた男児、長男なのである。

 しかも、何らかの理由により、この間に、藩の中の地位が家老を筆頭とする位の中で5番目の馬廻から3段階下の徒士(かち)にまで下落してしまった。したがって、お家再興の期待が鴎外にかけられるのは当然であり、峰子は熱心に取り組んだ。藩校の養老館で教育を受け始めた鴎外は優秀な成績を収める。

 一方、鴎外は、素読に通う時、犬が怖いのと、途中他の児童に悪戯されるのを畏れて、祖母が途中まで送っていき、帰りは米原家の家人に送ってもらったという。武士の子らにからかわれたり、意地悪をされたりしたことがあったからであろうという。いじめはこの時代にもあったのだろう。鴎外の随筆「サフラン」で述べられているように、近所の子らとは遊ばなかったようであるし、孤立していたようである。軍服に象徴される強さとか、完膚なきまでにやっつける鴎外ののちの性質は、これらの体験と関係あるのかもしれない。

 鴎外は空き地で、げんげや菫の花を摘んでいたが、前の日に、「男のくせに」と言われたことを思い出して、急に身の回りを見回して花を捨てたという。(井タ・セクスアリス)すでに美に対する鴎外の感性が表れているが、それは自ら否定するような脆弱さや不健全さが認められる。未発表の「本家分家」によれば、「博士は学校ではいつも主席を占めている癖に、しんねりむっつり性の子であった」との記載があるそうである。

娘小金井喜美子は、父静男のことを「性格が穏やかで、言葉が少なく、よく父母に仕え、若い母上を優しくいたわった」という。父親は、オランダ医学を学ぶために、東京や佐倉の大家に随って余念がなく、不在の時も多かったらしい。

 弟の潤三郎によれば、兄の勉強の監督は母親で母親自身が熱心に勉強したらしい。鴎外が寝てから翌日の分まで勉強したらしい。さらに、やがて、孫の於莵(おと)に対しても峰子は同じだった。たとえば、唱歌なども近所の子供たちが歌うのを祖母が覚えて於莵に教えたという。祖母は毎日私を連れて小学校に行き、授業が進むと祖母は次第に困難になり、「みっともなったらありゃしない」と言っても先生の許可を得て廊下に立ち窓ガラス越しに黒板を見つめていたという。

 冬の寒い日に、ガラスも白く曇っているとき、教師が教室内に招き入れようとしたが、祖母は固辞した。窓を細く開けてそこから覗きだしたが、同級生がみな目をやるので恥ずかしかったと於莵は言っている。健全な反応である。

 孫にしてもそうなのだから、息子鴎外に対してはもっと教育ママぶりを発揮していたのではないか。鴎外の素質もあって、きわめて優秀な成績だったようだ。山崎國紀は、「支配的」、「保護的」、「かまいすぎ」であるという。そして、「依存的」、「受動的」、「臆病」という要素を持つに至ったのではないかと山崎は言う。

 そして、於莵の反発は妥当であるが、それが、鴎外には峰子への健全な反抗がみられないところがある。これは、精神医学的に興味深いところだ。そして、将来にわたって人間関係に影響を与えたように思う。もちろん、鴎外自身の感受性の強さ、美的感覚の優秀さ、学問への才能など天賦のものが関与していることは確かだが、それと関連する依存的な性向、状況に対して受動的であるところが見られる。それと同時にそれらへの対極の強さへのあこがれ、勝負への執着、人に勝ること、虚勢、ぬぐい切れない何らかの劣等意識などがあるように思う。

 また、峰子の過保護な態度は、鴎外の依存的な性格によってさらに増大した可能性がある。鴎外の素質がそういう母親の態度や助けを必要とし、発現させたのではないかとも考えられないでもない。

 さて、このように形成された鴎外の性格は、それを克服しようという反対の動きも重なって、両者がせめぎあい、ある時は弱さが前面に出るが、ある時は、奇妙な強さが目立つということを繰り返している。このような視点からみると鴎外の人生のいろいろな意味がうまく解釈できるように思う。

 母峰子は、異常な教育ママ、過保護という点で問題とされることも多いようだが、その熱心さや信じたことをやり遂げる能力や努力は驚くべきものだ。鴎外にも受け継がれていると思われる。

 父静男はどう思っていたのだろう。静男もうるさく言わなかったから、峰子も自分の思う通りにできたのかもしれない。静男は養子という立場を弁えたのか。おかげで峰子は時間も体力も子息の教育に注げたのだろう。鴎外の本質は、おとなしくて穏やかで、自然に関心のある父静男に似ているのかもしれない。

 立身出世は、本当に鴎外の欲したものだろうか。遺書によれば、森林太郎として死にたかったようだ。つまり、出世、博士号、勲章、卓越、名誉、そのようなものではなく「サフラン」に興味を持ち、父親が親切に標本を見せてくれるようなほのぼのとした健全な日々に戻りたかったのではないか。それが自然だから。

 一方、現実世界では、鴎外の男女問題、結婚生活に関する差配において峰子は力を発揮することになる。(2023年1月)