精神疾患と血液検査 悪性症候群1

はじめに

 精神疾患、とくに内因性精神病は、原因がわからない精神病とされていますので、各種の検査では捉えられないとされてきました。しかし、私のような一臨床医でもわかることはあります。実際に私が体験したり、臨床研究の中から認められたものを中心にお話しします。

アルブミンと栄養状態 

 A/G比は、血液中の蛋白質のアルブミンとグロブリンの比です。人の血液中100ml(1dl)中に7g前後の血清蛋白質が含まれています。アルブミンは、栄養状態の指標ともされますし、グロブリンは免疫をつかさどる蛋白です。私は偶然、これらの蛋白質と精神疾患との関係を示唆する体験に出くわしてきました。

 まず、最初の体験はこういうものでした。統合失調所の男性の患者さんで宗教妄想に支配されている方がいました。入院されましたが、自分とキリストを重ねており、40日間の断食をしなくてはいけないと思い込み、実際に入院してから、何と40日間何も食べなかったのです。その意志の強さには驚きましたが、点滴だけはさせてもらえましたので、水分だけは補うことができました。しかし、1日に点滴から入れられるんは300カロリー位で、必要量の6分の1とかです。

 これでは、血液中の蛋白は減ってしまうだろうと思いました。ところがです。40日たっても血液の中のアルブミンは低下していませんでした。たった1例では結論は出せませんが、こう思ったのです。「アルブミンは必ずしも栄養状態を反映しない」。

 では、何を反映するのか?それはわからないままです。

悪性症候群とアルブミンとの関係

 悪性症候群は非常に興味深い疾患です。抗精神病薬が1960年頃から使われはじめ、高熱、無言、筋固縮、CPK上昇などを呈して時には死亡する悪性症候群について、主に1970年頃から、診断基準や症状、メカニズムが検討されてきました。

そして、いろいろな診断基準が提唱されました。Levenson(1985)の診断基準は、以下の大症状と小症状にわかれ、大症状3つか大症状2つと小症状4つで悪性症候群と診断されます。悪性症候群の診断において診断基準は極めて重要です。

大症状小症状
発熱
筋強剛
CPK上昇
頻脈
意識障害
血圧異常
発汗過多
呼吸促拍
白血球増多
Levensonの悪性症候群の診断基準

人間は、どうしても自分の思い込みで判断してしまい、正しくものを診れないことが多いものです。思考は曇りガラスの様です。悪性症候群であっても、なかなかそれを正しく認められない医師がいるのは確かです。そのために、どうしても悪性症候群の診断基準は特に重要なのです。診断基準というのは、研究者の怒りなのかもしれません。

 さて、Bourgeois(1971)の診断基準は、Levensonのそれに比べるとかなり複雑であり、私は普段用いませんが、その中に重要な項目があります。

 それは、「褥瘡の形成」です。悪性症候群で褥瘡ができやすいのは、よくあることです。それは、無動があるのだから、できやすいことはできやすいのですが、それだけではありません。

 

 上の図をご覧ください。2006年に精神医学に出した「悪性症候群の血液生化学的所見と重症化指標」に掲載した図です。

 まず、左の図ですが、悪性症候群の始まりのころ、CPKが増加します。それから遅れて、今度は顕著にアルブミンが低下しています。(右の図)悪性症候群は、栄養状態が悪い方に発生するのでなく、悪性症候群が始まってから急速にアルブミンが低下し、あたかも栄養状態が悪いかのようにみえるのです。手前みそになりますが、世界のだれも追試していないと思われます。このようにアルブミンが低下するから褥瘡ができるのです。

 それだけでなく、アルブミンの各患者の経過中の最低値と体温が37.5℃以上の日数との間にピアソンの r=ー0.536の負の相関関係がみられました。同様に38.0℃以上の日数との間に r=-0.570の負の相関関係が、悪性症候群の持続日数との間に r=-0.470の負の相関関係がみられました。それぞれ、p<0.01です。

 この意味ですが、悪性症候群が重症なほどアルブミンが低下するということです。つまり、アルブミンの低下は悪性症候群の重症度を示しているということになります。

さて問題は、どうして、悪性症候群でアルブミンが低下するかですが、それは、10年以上を経て最近ようやく理解することができ、その証拠も捕らえることができました。あとで、ゆっくりお話しします。