精神科の患者が他科を受診したとき

まえおき
 精神科の患者さんに身体症状が生じたとき、高血圧や高脂血症などの軽症のものであれば、精神科の外来や病棟で対処することが可能です。しかし、高度の検査や手術を必要とするもの、がん、肺炎、水中毒などは、総合病院で対処していただかなくてはなりません。

 しかし、従来、精神科の患者さんが身体科を受診しても、治療を拒まれることが多くありました。扱いきれない、他の患者さんの迷惑になるなどの理由なのだろうと思います。近年は、このような精神病患者さんをこころよく受け入れてくれる医療機関も増えてきたように思います。

 ですが、まだ、精神科の患者ということで、はっきりと治療拒否されることもあります。これでは、精神科の患者さんの生命を相対的に軽く見ているというように捉えられても仕方ないのではないのでしょうか。障害者は、生きる意味がないと言って惨殺したあの人と本質的には同等になってしまうのではありませんか。

 ここでは、精神科の患者さんが直接的にあるいは婉曲な理由を提示されて身体科の治療を拒否されたり、嫌な思いをされた事例を報告しようと思います。受け入れる側の事情や限界というものがあることもわかっており、一方的に非難するつもりはありません。実態を調べ発信し、解決の道を探っていきたいと思います。家族会の方々、公的機関の方々、総合病院の方々、当事者の方々、精神科病院の職員の方など考えるきっかけになればよいと思います。

 なお、精神疾患に罹患されているご本人、ご家族が、治療場面で、特に他の科を受診したとき、あるいは街で、不当な扱いを受けたなどのことがありましたら教えてください。精神疾患に罹患していても、身体的な疾患の治療が差別なく受けられるようにしましょう。

もう、黙ってはいない

事例1
 当院の長期の入院患者Aさん男性、50歳代。統合失調症の解体型で、思考障害、陰性症状が強く会話はまとまらない。ニコニコして穏やかな時が多い。興奮するとか自傷行為とかはなく、隔離・拘束されることもない。身の回りのことは看護師らの支援で何とか行っている。生活能力、判断能力はかなり低下している。2020年某月初めから高熱が継続。血液検査上も炎症反応が認められるが、どこに問題があるのか当院ではわからず、近くの内科病院で、画像検査をしてくれたところ、肺がんの疑いということで、大きな総合病院の呼吸器内科に行くように言われた。当院の主治医は精神科入院中の患者であることを伝えた上で総合病院の内科を予約した。初診当日、本人、本人の姉、当院の看護師が受診に連れて行った。主治医は、検査、診断だけでもしてくれればよいと考えていた。

 以下、同行した看護師の報告である。予約した時間に行くと、診察室内で医師は、本人に名前と生年月日を紙に書くように言った。本人は、妄想のため、苗字は同じだが、異なった名前を書き、異なった生年月日を記載した。この医師はできないだろうと見抜いた点で慧眼かもしれない。次に医師が語ったのは、この病院では精神科の患者はみられないといい、検査もしないという。紹介はできないが、結核かもしれないし、コロナの PCR検査も必要と言い、数か所の総合病院の名前を挙げて、姉らにすすめた。姉らは食い下がったものの、何の検査も処方もされないで診察はあっという間に終了した。受診前に当院で行った炎症反応の数値 CRP は30を超え、かなり早期の治療が必要な状態だった。医師はそのことも知っていた。その病院には精神科医もいるし、医師の挙げた病院の中には逆に精神科医のいない病院もあった。
 患者らはそのまま当院にもどり、後日、他の総合病院に入院することができた。その病院のケースワーカーが精神科の経験もあったようでスムーズにいったようである。

 今時、この医師のような対応はまれではあると思うが、こういう対応をされることは残念なことです。その医者個人にはそれなりの理由があるのかもしれませんが、本人の命も危ない状態です。このような状況を改善するために、精神科医は大いにがんばらなくてはいけないと思います。怠慢であったり何も行動しないのはいけないことでしょう。これからそういった事例の事実を淡々と逐一報告していくことにします。

事例2
 2020年。私のところに通院している20代の重度知的障害の患者さん。両親はとても熱心。ショートステイしていた施設で意識がなくなりました。もともと多飲水の傾向があり、施設の職員が水中毒を疑い、救急搬送されました。救急搬送先は総合病院の救急科です。そこで採血され、低Na血症がありましたが幸い軽症で施設に帰ることができました。しかし、約2週間後に再び施設で倒れ、けいれん発作を起こしました。また、救急車が呼ばれ、同じ総合病院に搬送されました。このときも、低Na血症がありましたが、それほど重症でもなく施設にもどることができました。翌日、ご家族は患者さんを連れてきて、当院では抗てんかん薬の調整も行いました。その当日、その救急病院のスタッフから当院のケースワーカーに苦情の電話がありました。何度もこられても困るので、そちらの病院でなるべく対応してほしいということでした。しかし、当院のような精神科の単科病院では、水中毒が疑われても検査はできないですし、身体的治療も十分にはできません。当院で無理に見ようとすることは患者さんの命を危険にさらします。どうか、助けていただきたいと思いますし、何度も面倒かもしれませんが、ご対応をお願いするしかないのです。精神科の単科の病院で対応が困難なことはお分かりだと思うのですが。わかっていてそうおっしゃるのがどうしてでしょう。対応に家族も私も感謝は致しますが。

事例3
 2020年、半年ほど入院しているアルコール中毒、軽度知的障害、生活保護で身寄りがなく、埼玉の川べりでホームレスをしていたこともある50歳代の男性が、病棟内で意識を失いました。脳外科のある救急病院に搬送され、脳出血であることがわかりました。ついていった当院の研修医が、どこまでやればいいのでしょうか?と総合病院の医師に聞かれました。主治医である私のところに電話がありました。私は、当日まで元気でしたし、病棟内では落ち着いていました。単身生活は何度も失敗して入院を繰り返しましたが、穏やかな人柄で病院のスタッフからも愛されており、できるだけのことはやって助けてほしいと伝えました。その結果、挿管がされましたが、脳出血が重症だったのでしょう。お亡くなりになりました。精神科に入院していること、身寄りがないことなどで、普通の人とは違った対応をすすめられたような感じです。助けても後遺症が残るということがあったのかもしれませんが。彼は、人より不幸な生活を送ってきました。社会になじめない疎外感を抱いてきたでしょう。その最後の時にも、普通の人より軽い生命だとみられたということはないでしょうか。誰の中にもそういう差別感情はあるでしょう。私の中にもあると思いますが。

事例4
 2020年、当院に新入院した人。以前に、他の精神科病院に通院していた時に、病院の前でリストカットをしました。その結果、その病院を出入り禁止になったばかりか、それ以外の関連施設も出入り禁止になったとのことです。
 しかし、リストカットは病気に伴う問題行動であり、いくら玄関前でやったといっても出入り禁止になるとはおかしいと思いますが。本当だとしたら。組織や自分を守りすぎではないのでしょうか。一緒に地獄に落ちるようなことも覚悟してたまには受け入れましょう。

事例5
 ずっと以前のことです。入院患者が確か骨折で、整形外科のある総合病院を受診しました。最初、整形外科の医師は入院受け入れということだったのですが、その後、受け入れは無理と言われました。病棟の師長が精神科の患者さんは受け入れられないというのです、とその若いお医者さんは言ってました。正直だなあと思ったのを覚えています。では、その師長さんに説明しましょうか?と言ったところ断られました。その病院には精神科医がいなかったのでしかたないとも思いますが。

事例6
 精神科の患者さんの妊娠、出産は、受け入れてくれるところがなくて大変なことがあります。過去のことになりますが、30歳代中盤の女性ですが、抑うつ気分、不安、完全主義、解離などのみられる方です。能力は高い方で、安定している時期には事務仕事などもできるようです。この方が結婚し妊娠して近くのA総合病院の産科に通院しています。そこには、精神科医も常勤でいます。だからそこを選んだと思われます。妊娠中盤になって、精神的にやや不安定になり、産科の医師から、精神科医が24時間いるわけでないので、他の病院Bで出産してほしいとの依頼あり。ただし、ご本人は紹介された病院Bまで、車で2時間はかかるため、困ってしまったようです。急にそんなこと言われたら当然精神症状も悪化します。しかし、やむなく、B病院の方に連絡してみたそうですが、聞いてもいないしということで門前払いのようになってしまったようです。A病院の産科の医師は別にB病院に連絡を取り、受け入れを頼んだわけではないようです。・・・・・

事例7
 名の知れた総合病院の内科の先生から電話がありました。「先生の所に通っている統合失調症の方がおなかが痛い、体重が20kg減ったと言ってきました。一通りの検査をして問題がないと何度も説明したのですが、まだ、おかしいと言ってきて、もう検査をする必要はありませんと言ったら、怒って帰ってしまったんです」。私は、「その方は、体のことなどで気になることがあると、何度もきいてしまうのですが、説明を続けているとあるときには、もう満足し、他のことに関心を持つようになりますので・・・」と説明をしましたが、もう帰ってしまったのであれば、私に何が言いたかったのでしょうか?おそらく、その患者さんも怒ってしまったが、その内科の先生も相当いらいらしてしまったのでしょう。そのはけ口が、主治医である精神科医に向かうことは時々あります。抑えているが、言葉の端々に非難の気持ちが見え隠れする場合やあからさまに不機嫌になっていらっしゃる先生もいます。精神科の患者も悪い、それをコントロールできていない精神科医も悪い。今のご時世、患者を責めるわけにもいかないので、精神科医に矛先が向いてしまうという構図。

事例8
 40歳代の統合失調症の男性Aさん。精神科のクリニックに通院していました。10年ほど前から歩行が少しずつ困難になり、本人は薬の副作用でないかと主張し、薬を減らすように主治医に要求をしました。抗精神病薬が減量されるとともに、著しい不穏状態となり、当院に入退院を繰り返すようになりました。
 大きな病院の整形外科を受診したところ、頚椎症であると診断されました。首の骨が脊髄を圧迫し、四肢に麻痺がでていました。歩行はしにくそうで、両手にはふるえがみられました。両足の膝蓋腱反射(膝の下を打腱器でたたいた時のビヨンとなる反射)は、極端なものでした。両手もです。つまり、手や足に行く神経が脊髄から出ているのですが、その上の部分で脊髄が圧迫されているということを示しています。その整形外科のある病院には精神科がなく、精神科も整形外科もある病院に打診をしましたが、対応は断られました。たしか、精神科医はいるけれども精神科の病床がないということが理由だったと思います。
 それならばと、大学病院で精神科の閉鎖病棟もあるところに打診をしました。X年10月19日に当院入院中のAさんは、家族とともに大学病院の整形外科を受診しました。診察結果は、「頚椎症だと思われるが微妙なので神経内科で調べてもらう」。11月14日の神経内科の診断は、「歩行障害などの症状の原因は頚椎症性脊髄症に間違いありません」という記載でした。同日、精神科も受診。返事は、「診断 統合失調症 兄、母と来院されました。整形外科での手術の適否が検討中の段階であり、今後必要に応じて対応を検討したいと考えます・・・・」。11月16日整形外科の筋力検査のあり、家族が連れていく。11月17日MRIのために受診。家族が連れていく。12月7日に家族が整形外科を受診。手術をすすめられた。12月15日私から整形外科の医師に手術の希望を伝えたところ、「精神科で受け入れ会議をするので、家族から精神科に電話をしてください」とのこと。ところが、結局、精神科では受け入れられないということで、手術がなくなってしまいました。
 最終的な返事は12月21日の整形外科からの手紙で、「頚髄病変を考えていますが、MRIからみると脊髄の圧迫は軽度である。ですが、神経内科の検査では脊髄症となっています。精神的な面から生じるリスクを考慮すると、手術はおすすめしません。しかし、神経内科は手術適応がないことはないといっています。精神科では、①一般病棟での管理が可能な状態であると判断され、なおかつ手術でどこまで改善するかわからないことと、②手術リスクを本人とご家族の理解が得られた場合、手術が可能と考えています。一般病棟への入院が可能であるかどうかは、精神科の判断が必要であり、安定していれば再診してください。ご家族には他の病院で治療ができる可能性もあるので考慮していただくようお伝えしています」。とまったく意味不明、まわりくどいお返事です。(ご本人も精神科で断られて苦し紛れなのでしょう。看護サイドからムリと言われたのかもしれません)
 この間、2か月間かかったのです。けっきょく、手術はできませんという結果です。ご家族は仕事を休み、たいへんな労力をかけて本人を何度も連れていったのに、わけのわからない断り方をされてしまいました。家族は、たいへんがっかりしましたし、怒ってもいました。その後、2か所の大学病院に当たりましたが、早々と断られました。みんな厄介になることは恐れるのです。誰が悪いということでなく、残念なわが国の精神科患者の他科受診の現況を示しているといえましょう。Aさんはいまだに治療を受けられていません。(2021年1月29日)

事例9
 入院患者Sさん。50歳代 統合失調症。入院して1年以上。慢性期で自宅には帰れない。人格変化もあり、病院の中で他人の物を持ってきてしまう。数日前に、朝から発熱、腹痛、酸素飽和度のときどきの低下あり。すぐに近所の内科病院受診依頼。熱があるということで、発熱外来を受診。右胸の肺炎で結構重症であり、その病院から、大きな総合病院に依頼して転院となった。ありがたい。精神科病院から直接、大きな総合病院に頼むと、時間がすごくかかったり、転院が難しかったりするが、内科の病院からだとうまくいったりする。しかし、ついていった看護師が人質になる。どういうことかというと、家族や後見人が到着するまで、いてくださいと言われて帰れない?? 何度も経験しているのでびっくりしないが、どういう意味なのだろう。ついていった看護師は、午前10時ころに出て、夕方に帰ってきた、と思う。昼ご飯は食べられたのだろうか。

事例10
 もう何年も前のことだから、書いてもいいでしょう。40歳代の女性。肥満体系。あまり動かない状態で措置入院してきた。その理由は忘れてしまいました。入院してもベッド上であまり動かない。すると心配なのは、エコノミー症候群。Dダイマーが上昇しているし、足の痛みも訴える。嫌な予感。措置入院を解除してもいい精神状態だが、1週間はかかる。そこで、措置のまま転院できる病院にかけあった。精神科、内科が協議するという。どちらの病棟に入れるかなどでもめることが多い。保健所も口添えしてくれる。決まったら連絡しますといい、3時間。こうなった場合、こうなるので今日は受け取れないという連絡あり。この間、道義上の問題もあり、他の医療機関は探せずにいた。明日になったら、状況が変わるので、また明日検討できますという。3時間もかかって検討してくれても、今日もそうだが、他にさがせないのでもう結構ですと言った。どうにもならないので、保健所に依頼して緊急的に措置解除してもらい、市内の総合病院に夕方転院。やはり、下肢に血栓ができており、翌日であったら危なかったかもしれない。

事例11
 事例というのではないのですが、老人施設、精神科病院、グループホームなどでも、現場の職員は、なるべく手のかからない人にきてもらいたいという考えがあります。それは、当然と言えば当然かもしれません。
 施設の中で、症状の軽い人が好まれるとすれば、これはやはり差別の一つではないでしょうか。残念ながら、そのことに気が付かない職員も少なくはありません。内科の病院とかでは具合の悪い人が大切に注意して看護されますが、知的障害や精神障害の場合、病状の重い患者さんは現場の人に負担がかかるために、自分の周りから排除したくなってしまう気持ちがでてしまいます。そういうことの問題に気が付かない人もいます。しかし、例えば精神科の病院は、精神症状が最も悪く、いろいろな問題行動を起こしてしまう方々を大切に責任をもってみるところです。それが可能となるように医師も必死にならなければなりません。施設で差別があったり、差別と気が付かない考えをもっていたりすることはおそろしいことです。また、もちろん、精神障害というだけで、先入観だけで、あるいは過去の少ない経験だけから、治療を拒否したり、うまく避けようとする治療者も残念です。自分の行動や考え方に気が付いていないのが残念です。

事例12
 知的障害の中年女性Aさん。中等度の障害なので、日常会話はできるが、何度も確認したり、そのうち大声になったり。母と2人暮らしだったが、母親が急に身体疾患で入院してしまい、一人では生活できないので、通院中だった当院に入院。兄弟もない。母親もそのまま亡くなってしまいました。それを親族が伝えるのも大変でした。Aさんには、5年ほど前から、消化管疾患があり、B病院で手術をしてもらいました。ところが再発をして、もう一度B病院で手術。ところが再発。もう、こちらではできないということで、地元の大きなC病院にいきましたが、難しいということで、他県の専門病院Dで手術することになりました。Dは精神科がないのでよく受けてくれたと思いますが、80歳近い老齢の母親は24時間付き添うように言われ、とんでもないことに。ところが再発して、再度手術。ところがさらに再発。再発する原因は「肥満だから」ということになりました。しかたないので、自宅療養して、母親が対応。しかし、精神疾患の患者さんは薬の影響もあるしそう簡単に痩せられません。母親ももううんざりしていました。
 その母親が病気で倒れて入院。Aさんは身体症状が出るたびに看護師が対応しなければならず、退院も不可能。そのため、最初に手術してもらったB病院におばさんが連れ添って外来受診。ここでも痩せるまで手術はできませんといわれました。そのため、当院で、運動と食事療法を継続。少しずつは痩せてきつつありました。ところが、ある日、呼吸が苦しいと言い出し、心電図をとったところ、入院時の心電図と比較して明らかに虚血性の変化があり、受診歴のあるB病院に診てくれませんかと打診しました。熱がなければいいですよと言われ、出発前に測ったら36.6℃であったので看護師付き添ってでかけました。ところが向こうで、熱を測ったらなぜか、37.8℃であり、受診はなしということになりました。コロナも流行っていたので敏感だったのでしょうけれども。そういう病院のルールでは仕方がありません。結局、診察はなしで、紹介状の返事もなし。他の病院を探してくださいとのことでした。そのまま、当院に帰院して熱を測ってみると、36.9℃。一応、NEAR法でPCR検査。コロナ(―)、インフルも(―)。あれ。しかし、他院を探すとしても、受診までの手続きに時間がかかるし、時間も遅い、身内もこれない。しかたないので、当院で経過を見つつ、あらためて、どこかを探すことになりました。コロナのために、さらに精神科の患者さんの身体科受診はむずかしくなっている面があります。