人間はどのように平等か

人間は平等でしょうか。こんなことを直で考えることは普通でないかもしれません。が、お許しください。
ちょっと考えると、いろいろな面で比較してみて、どうも人間は平等ではない。あいつの方が才能がある、金持ちだ、彼女の方が美人だなど、不平等だと考えるのが普通でしょう。そのことに悩んだり、運命を呪う、嫉妬することもあるでしょう。

しかし、もっとも大切なことで平等であればいいのではないでしょうか。あまり、本質的でないことでは不平等でもいいですよね。

というか、もし、神、天、仏、永遠というものがあるとしたら、人間を平等に作ったはず。すると、平等な物事が大切であるということにもなるかもしれません。

孔子は弟子の子貢に人間で大切なものは何ですか?と聞かれ、「それは恕(じょ)だ」と言っています。思いやりです。無償の思いやり、結果を求めない愛他的な行為のチャンスは、誰にも平等に与えられています。それは、とても不思議なことです。

それから、二宮金次郎の言っていた「推譲」。人に譲ること。これも平等に与えられている不思議なことのように思われます。与えるものがない人は? 聖書の中にもありましたね。貧しくてお金もないのにお布施する人。与える人。その人の境遇に応じて逆説的に価値が発生する。これも不思議なことです。

「恕や仁とは何か」、「どこまで譲るべきなのか」は、考えたらとても面白そうです。実践者にはなれないとしても考えては行きたいです。

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