精神科病院は精神病による犯罪や自殺を抑止する 1
はじめに
精神科病院への入院は、現代ではあまり望ましいものではないと思われています。というのは、先進国では、精神科の病床数を削減しています。米国でも州立病院の入院患者は大幅に減りましたし、イタリアでも精神科病床のない地域もあるそうです。わが国でも、精神科病床数の削減は、国を挙げての政策でもあり、7万2000床を減らすという方針でした。
また、実際、精神科病院に勤務している私たちでも、病床は削減しなければいかない、精神科の病床は少ないほどいいと何となく思っています。先進的な精神科医やコメディカルは特にそう思う人が多いようです。特に長期の入院などは望ましくないとされています。また、保険点数でも、5年以上の入院者の退院率が高くなれば、診療報酬が上がるという仕組みや入院が長期になれば、どんどんと保険点数も下がるということになっており、政策的な意味でも精神科の特に長期入院は避ける方向性がはっきりしています。
さて、精神科入院の効果を実際に統計学的にしっかりと調べてみたいと思いました。なぜなら、精神科病院の臨床では、毎日、医療保護入院や措置入院などにより、患者さんやご家族、関係者の危機を救っているという実感があるのです。そのように、危機を救っている、大ごとにならずに収束できているという感じがあり、精神科病院での治療は世間で思われているよりも有効なのではないかという感触があります。私たちは、精神科の入院が望ましくないとか、慢性の入院はダメだと思い込んでいるだけなのではないかという気がするときもあります。その予感は、「身体的拘束の不都合な真実」を書くうちに少しずつそう思ったのです。私たちは思い込みによって間違った方向に進んでいるのかもしれないと。
わが国には、精神科領域の国のビッグデータがありますので、それらを組み合わせて真実に迫りたいと思います。精神科病院は、患者さんの精神症状を軽快させるという目的で治療を行います。しかし、それがうまくいけば、犯罪や自殺などの問題を減らすという付加価値がつくかもしれないと思い検討します。
研究の方法
国の行政機関のデータはたくさんありますが、その中で630調査(ロクサンマル)は、毎年、6月30日0時の時点での精神科関係のデータを集めて公表しています。平成30年のデータもインターネット上で誰でも閲覧できるようになっていますので、それを使用させていただきました。また、自殺などのデータ、犯罪に関するデータも集めました。ただ、自殺に関してはこの研究をしている2019年8月現在、2018年のデータがありますが、犯罪に関しては、どうしても1年前のデータになってしまいます。研究のためには、何とか早くデータをまとめて各官庁には公表していただきたいものだと思います。年度がずれたデータを組み合わせると、有意に関係があるとされた場合、実際にはもっと深い関係があることになりますし、実際には関係があるのに統計学上有意にならず「ない」と誤って判断してしまうこともあるからです。
用いたデータは、以下のようになっています。630調査では、他のデータと年を合わせるため、平成29年のデータも用いています。
平成30年中における自殺の状況平成31年3月28日厚生労働省社会・援護局総務課自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課 https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H30/H30_jisatunojoukyou.pdf
統計でみる都道府県のすがた2019 総務省統計局編 日本統計協会 2019
630集計 (平成30年度630調査 ベース) 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神医療政策研究部https://www.ncnp.go.jp/nimh/seisaku/
結果
これらのデータを自宅のパソコンのExelに入力しました。630調査のデータの変換など結構労力が要ります。というのは、データの上に、3-4行ほどの説明がついていて、それを削除して変数名だけの1行にするのに若干苦労します。その他のデータも都道府県別にうまくくっつけてみました。犯罪については、「統計でみる都道府県のすがた2019」のデータを用いました。2019年7月終わりに丸の内オアゾの丸善で購入しました。さて、Exelのデータを私のSPSSver17に入れました。もう、たいへん古いものですが、昔は10万円台で個人でも買えましたが、今では50万円以上しますし、大学とかの研究者や学生でないと割り増しになってしまいます。市井の個人研究者のことも考えてほしいものです。古いSPSSを動かすために古いパソコンを用いています。何とか2つとも生き延びてほしいと思っています。こういう内情を書けるのも論文でなくブログだからです。ありがたいものです。
さて、次の表をごらんください。人口1000人当たりの入院患者数は平成29年9月30日午前0時のものです。以下のデータも含め47都道府県のデータです。刑法犯認知件数、窃盗犯認知件数、刑法犯検挙率、窃盗犯検挙率は、2017年平成29年のデータです。自殺率のは、平成30年のものです。29年のを用いるべきですね。ピアソンの相関係数を示しています。
表1 精神科入院患者数と自殺との関係(N=47)
平成30年の自殺者数 | ||
人口1000人当たりの精神科入院数 | ピアソンの相関係数 | -0.456 |
有意確率 | 0.001 |
これからわかることは、精神科病院に入院している率の高い都道府県は、有意に自殺者が少ないという相関関係があるということです。年が違っていてもこれだけ明確な結果が出ています。つまり、年を合わせればもっとはっきりした数字が出るということです。精神科病院への入院によって、その地域の自殺を減らすことができるということです。正確な表現は難しいですが、精神科病院への入院が自殺対策に有効なことは確かなようです。-0.456という相関係数ですが、社会医学の分野では結構大きな数字になっていると思われます。はっきりしています。
さて、次に犯罪との関係です。
表2 精神科入院患者数と犯罪との関係(N=47)
刑法犯認知件数 人口1000人当たり 2016年 | 窃盗犯認知件数 人口1000人当たり 2016年 | ||
人口1000人当たりの 精神科入院数2017年 | ピアソンの相関係数 | -0.552 | -0.523 |
有意確率 | 0.000 | 0.000 |
※ 認知件数とは、警察等捜査機関によって犯罪の発生が認知された件数をいう。認知件数と実際の発生件数は一致しないことが多いが、 公的に認知された発生件数という意味において、認知件数は単に発生件数ともいう。 ちなみに、検挙件数とは、警察で事件を送致・送付又は微罪処分をした件数。 ウィキペディア
表3 精神科入院者数と犯罪検挙率(N=47)
刑法犯検挙率 | 窃盗犯検挙率 | ||
人口1000人当たりの 精神科入院数2017年 | ピアソンの相関係数 | 0.561 | 0.576 |
有意確率 | 0.000 | 0.000 |
上記のような結果ですが、相関係数が0.5を超えている、しかも、有意確率も<0.001と***です。つまり、人口当たり精神科入院患者が多いとその都道府県の犯罪率が少なく、検挙率が高いことを示しています。はっきりとした有意な相関関係があるのです。私が今まで書いてきた論文では、相関係数が0.3程度あれば関係があるなどとして受理されたりしましたので、この0.5以上というのは明確すぎるくらいです。
考察
精神科病院への入院数は、他の先進国では少なく、脱施設化が進んでいます。日本では、精神科の病床数が減っているものの、まだ、諸外国に比べると多くなっています。しかし、精神科病院の現場の実感としては、危機回避や患者さんの良好な生活のために、精神科病院への入院は、有効のように思います。今回はは、精神科病院への入院と犯罪のことについて、47都道府県での関係を調べてみました。結果は、私には驚くべきものでした。こんなことは当たり前だ。前から知っているという人にはごめんなさい。
ただ、普段、措置入院はともかく、あまり犯罪との関係は気にしていませんし、多くの患者さんが犯罪とは無関係だと思いますが、もし、精神科病院がその機能を失えば、犯罪にも影響する可能性があるといえます。これらの事実を前提として、政策的な方向を考えていくべきです。
本結果は、精神科病院関係者、診療所の方々、厚生労働省はじめ関係官庁の方々、研究者の方々、国民の皆様に知ってもらいたいところです。ただ、精神科病院への入院は望ましくないというのは、犯罪や自殺と言う意味からは誤った思い込みである可能性があります。精神病者に対する偏見、そして、精神科病院への偏見、そのようなことが少しでも少なくなればと思います。
結論
精神科病院入院と自殺および犯罪との関係を統計学的に調べました。データは一般に公開されている国のデータを用いました。
精神科病院への入院率が高い都道府県では自殺が少なく、入院率が低い都道府県では自殺が多い傾向がみられました。
精神科病院への入院率が高い都道府県では、刑法犯認知件数、窃盗犯認知件数が少ない傾向があり、同時に検挙率が高い傾向がありました。
以上から、精神科病院への入院は、その都道府県の自殺の防止や治安の維持に好影響を与えている可能性があることがわかりました。知りませんでした。
ここで述べたことは相関関係についてです。因果関係や理由はわかりません。
つづき
精神科病院への入院に代替するものとして、退院して訪問看護等で自立していく方向がすすんでいます。その代替案と入院とは効果が統計学的にみてどのように違うのでしょうか。検証していきたいと思います。