内村鑑三の教え 成功の秘訣
内村鑑三が、ある旅館の主人に、成功の秘訣と題した教えを書き贈っています。写真を撮っていい展示スペースでしたので、撮影させていただきました。
大正十五年七月二十八日 星野温泉若主人のために草す
成功の秘訣 六十六翁 内村鑑三
一.自己に頼るべし、他人に頼るべからず。
一.本を固うすべし。しからば事業は自づから発展すべし。
一.急ぐべからず。自動車の如きも成るべく徐行すべし。
一.成功本位の米国主義に倣うべからず。誠実本位の日本主義に則るべし。
一.濫費は罪悪なりと知るべし。
一.能く天の命に聴いて行うべし。自ずから己が運命を作らんと欲すべからず。
一.雇人は兄弟と思うべし。客人は家族として扱うべし。
一.誠実によりて得たる信用は最大の財産なりと知るべし。
一.清潔、整頓、堅実を主とするべし。
一.人もし全世界を得るともその霊魂を失わば何の益あらんや。人生の目的は金銭を得るにあらず。品性を完成するにあり。
以上
鑑三は、世俗的な意味で成功したいなどと思ってなかったでしょう。成功の秘訣というのは、旅館の主人の意向に合わせたものです。現に第四条には、成功本位になるなと書いています。旅館の店主でなくても、このルールを守ることは大切なことだと思われます。
ちょうど原稿用紙1枚にぴったり収まる量ですし、これはかなり推敲されていると思います。成功本位になるなと、米国にかぶれなかったのもいいですね。
成功、勝利、成果、能率、・・・・。そこには、人より成功をおさめる、競争して勝つ、少しでも効率よく働くということがありましょう。一方、鑑三は、自動車の運転もゆっくりせよと言っています。
多くの現代人に欠けているのは、先人に学ぶということです。偉人の言葉を聞くことです。人はついつい自分も大したものだと誤解しがちです。この旅館のご主人は、鑑三の偉大さに気が付きましたし、学ぼうと思いました。それから2代経たこの旅館の亭主は大きくこの旅館を発展させました。鑑三の言葉が、この旅館の今にも生きているのでしょうか。
この旅館は高級旅館になっています。話が飛躍しますが、当院のような精神科病院は、その対極にあります。利用者は、1/3が生活保護の受給者。もう1/3が非課税世帯の方々です。
高級旅館に泊まる人は、平均的に見て、普段、周囲から尊重されている人が多いでしょう。当院のような精神科病院を利用する方は、普段、周囲から尊重されない人や社会から忘れられている人が多いかもしれません。高級旅館では、おそらく、尊重されている人や尊重されて当たり前だと思っている人を尊重しますが、当院のような精神科病院では、尊重されていない人や忘れ去られている人を初めてもてなし尊重する使命があります。はじめて大切にされたと感じていただけたらと思います。それをどれだけ与えられるかです。
高級旅館の客人は要求水準が高いかもしれません。周りから尊重されることに慣れていて、それを当然のことと思ってしまっています。とても私どもの精神科病院ですごすことはできません。怒り出してしまうでしょう。一方、われわれの病院の利用者は、古く狭い病棟でも苦情を言いません。社会でそう扱われることになれてしまっているからです。