私が統合失調症を数字で診断するまで(2)医療従事者向け

 2020年から2021年にかけての研究で、人間ドックを受診した健常者と入院中の統合失調症患者の血清の蛋白質の量を調べてみました。

 精神科の病院や診療所にお勤めの方は、その医療機関で通常行う血液生化学検査に、総蛋白、アルブミン(Alb)、グロブリン(glob)、A/G比がありましたら、統合失調症の人の値をよく見てください。標準値より総蛋白量やアルブミンが減っていたり、A/G比が低下していたりしませんか。特に重症の統合失調症の患者さんでは、必ずといっていいほど低値になっているはずです。

 下の図をご覧ください。白棒が健常者のアルブミン量の分布、黒棒が長期入院群です。健常者では、アルブミン量が 4.2から4.6g/dl の人が多いのがわかります。一方、長期入院群では 3.9から4.1g/dl くらいが多く、それより低値を示す方も多くいて、明確な違いがあることがわかります。(対照群の人数が多いため、グラフがいびつになっています)

 これは栄養状態が悪いためではないのです。アルブミンは肝臓で作られ、血管の中に入り、薬剤と結合して組織に運んだり、浸透圧を生じて水分バランスを保ったりします。これがなぜ、精神疾患患者では健常者と比べて減ってしまっているのか?

 それは、おそらくですが、アルブミンが血管から漏れ出すのです。何で漏れ出すのかというと、おそらく、インターロイキンー6(IL-6)などの白血球が作るサイトカイン(炎症性サイトカイン)という物質が、毛細血管の透過性を亢進させ、血管内から組織へとアルブミンを漏出させてしまうからです。

 白血球がサイトカインを産生するのは、炎症を起こしているときです。脳のミクログリアが炎症を起こし、IL-6などを産生し、それが脳内や全身の毛細血管を拡張させ、アルブミンを漏出させるのです。(と思います)

 次に行動制限を受けている最重症患者から健常者までのA/G比を比較してみました。すると、重症であるほど、A/G比が低くなっているのです。驚くべきことです。元来、精神疾患がどの程度重症なのかは、数字ではわからなかったのです。寝てばかりいるとか興奮しているなど目で見て比較するしかなかったのです。

 それが、数字で表現することができるということになります。しかも大切なことは、身体拘束や隔離を受けているのは、決して偶然ではなく、生物学的必然性があるということなのです。これは、大変なことだと思います。 これらの行動制限を減らしていくのには、まず、生物学的治療によって解決していくのが正道であるということがわかります。そこがうまくいかず、無理やり行動制限を減らそうとすると、看護者に負担がくると想像できます。

 私は、抗精神病薬の副作用によって生じる悪性症候群の研究も進めてきましたが、悪性症候群では、発症と同時に、アルブミンが急激に低下することを発見しました。悪性症候群では褥瘡ができることがありますが、その理由はそれまでわからなかったのです。アルブミンは、悪性症候群になると急激に低下し、臨床症状が軽快してもなかなか回復しないことが多いです。グロブリンは一旦低下した後、何か月もかけて増え続け、元の値より高値になります。なんじゃこれはと思ってましたが、誰かが悪性症候群はサイトカインの嵐の状態だと言っていて、IL-6などが大量に産生され、全身の血管からアルブミンが漏れだし、血管内のアルブミンが減少すると考えると、上手く説明できると思い当たりました。このときグロブリンはウイルス感染を起こしたときのように、増加していきます。

 このような理由で、長年、悪性症候群が起こった時のIL-6の高値を捉えたいと思っていました。しかし、最近は悪性症候群を生じやすくするドパミンD2の強力な遮断薬の使用が少なくなり、悪性症候群も少なくなっていました。2020年、女性の患者さんで悪性症候群になった方がおり、IL-6を検査したところ、驚くべきことに下図のように悪性症候群の始まりに著しくIL-6が高くなっていたのです。(赤線) 

 これで悪性症候群のメカニズムが部分的にですがわかってきました。脳神経系でドパミンD2受容体が薬物により過剰にブロックされると、脳に炎症が生じ、IL-6が放出される。D2の過剰な遮断と脳の炎症により、無言無動や意識障害を生じます。また、IL-6により全身の毛細血管の透過性が高まり、アルブミンが漏出して低アルブミン血症となり、褥瘡も生じてしまう。

 下図をご覧ください。上の症例では IL-6 の高まりと同時にアルブミン(青線)が急激に低下しています。そして、そのダメージは、長期にわたり継続しています。上述したように臨床的に改善していても検査値はなかなか回復しないのです。

 このことから考えると、悪性症候群と統合失調症には共通点があるのです。悪性症候群は急激に一過性に起こる病態ですが、統合失調症では、じわじわと慢性的に、あるいは繰り返して、サイトカインによる脳の炎症、アルブミンの漏出と低下が起こっているといえるのです。

 脱線しましたが、話を元にもどしましょう。患者群と健常群のA/G比を男女別、年齢別に比較してみました。健常群でも年齢とともにA/G比は低下していくのですが、患者群では数十年早く低下が起こっているのです。老化が数十年早く起こっているともいえるのかもしれません。

 これは、どういうことかというと、生きていく上で経験した炎症が蓄積されていく、あるいは、産生されたIL-6の総和あるいは積分なのではないかとも想像できます。女性のA/G比が年齢が低い時に差がないのは、エストロゲンがIL-6を抑制することの証拠かもしれません。(2024年8月)