私が統合失調症を数字で診断するまで(3)医療従事者向け

 今までのおさらいをしましょう。統合失調症では、特に初発時や再燃時の急性期に好中球/リンパ球比(NLR)が高くなり、また、血清のアルブミンや総蛋白が減少しているということがわかりました。

 では、これら2者(NLRと総蛋白)の関係はどうなのでしょう。2023年に当院の研究チームは、あらたに研究をスタートさせ、急性期病棟に入院した統合失調症の患者のNLRと総蛋白(TP)の相関関係をしらべました。すると、ピアソンの相関係数は 0.3 程度であり、弱い相関関係にありました。この数字は私からみると実に好ましい数字でした。なぜなら、もし、相関係数が1だとすれば、どちらを調べても同じことになってしまい、2つを合わせて検討する意味がなくなります。

 また、相関係数が 0 だとすると、どちらも統合失調症を示すはずなのに無関係だということになり、これらの数字はあてになりません。相関係数が 0.3 というのはとても都合がよく、この2つの数字を採用することによって統合失調症を数字で診断する道が開けてきました。

 対照群として、当院の職員 90 人のデータを使わせていただきました。急性期病棟に入院した統合失調症の患者は 51人 です。それぞれ平均値を下の表に示しました。

対照群統合失調症群有意確率
白血球数(/μℓ)61946483n.s.
好中球%55.965.20.001
リンパ球%34.826.60.001
NLR1.823.260.001
入院時の白血球分画(平均値)

 上の表に簡略化してお示しましたが、白血球数に有意な差がないということがわかります。ここで思い出していただきたい。悪性症候群の診断基準には、白血球増多の項目がたいていあり、1万を超えることもしばしばです。症例で示しましたとおり、悪性症候群では IL-6 が異常高値を示していました。統合失調症でも IL-6 を検査しましたが、悪性症候群の様に高く上がった方は一人もいませんでした。これから考えると、悪性症候群の様に急激な IL-6 の上昇を伴うような場合は、白血球数も極端に上がるのでしょう。統合失調症群でも症例数が多くなれば有意に白血球数が高いということになります。悪性症候群と異なり、私の考えでは、統合失調症では、小さな炎症が繰り返されたり、持続したりするのです。IL-6 の動きも悪性症候群と異なり極端ではないのです。もちろん、ILー6 だけでなく IL-1β なども関与していると思われます。

 上の図はNLRの経時的変化を示したものです。対照群が一番右にあります。患者さんが急性期病棟に入院した時には、NLRが有意に高くなっているのがわかります。しかし、治療によって4週間後には対照群と有意な差はなくなっています。NLRが高いままですと、脳の炎症が治まっていないと考えられますので、薬物を用いながらもう少し入院治療を継続する必要があるということです。

  次に、血清総蛋白の変化です。上の図をごらんください。入院時から、統合失調症の患者さんの総蛋白は、対照群の健常者と比較して有意に低くなっています。しかも、NLRと異なり、どの期間もいつになっても低下しており回復しません。(ごめんなさい。4週間後に***が抜けていました)

 NLR が統合失調症の病勢を示しているとすれば、総蛋白は統合失調症の病歴、本質、今までの経過、炎症の積分などを表していると考えられます。

 入院時の2種(NLRと総蛋白)の数値を用いて、統合失調症と対照群を判別できないかと考え、判別分析を行いました。

 判別得点y=0.76×性別+1.12×総蛋白-0.4×NLR-7.46

 性別は、男 0、女 1を入れます。総蛋白は g/dl、NLRは、好中球%/リンパ球%を代入します。判別得点y が負の場合は統合失調症と診断され、正の場合は健常者と予測されます。ROC曲線によるAUCは、0.7960であり、中等度の精度で判別が可能なことがわかりました。

 この判別得点と統合失調症率との関係を下の図に示しました。判別得点がマイナスになればなるほど、その患者さんは統合失調症(急性期の)である確率が高くなります。例えば、判別得点が -1.5 より小さければ、100%統合失調症です。私は、エクセルで表を作り、3つの数字を入れると、何%の確率で急性期の統合失調症かがすぐわかるようにしています。

 さあ、下の図をご覧ください。ごく単純なシェーマですが、NLRと総蛋白で4領域におおまかに分割できます。と予測できます。

 このように、NLRと総蛋白の採血により、統合失調症の診断がある程度できますし、治療の段階もわかります。

 検査にかかる時間ですが、当院は外注で 1日間です。採血の翌日には結果が分かります。検査の金額ですが、実施料判断料は、総蛋白11点つまり110円、血液像は15点つまり150円です。両方合わせても260円であり、自立支援法が適用されて1割負担ならば、30円程度で急性期統合失調症かどうかの検査・判別ができることになります。現在、血液像の検査は健康保険が通らないですが、これだけ精神疾患の重症度に関係があるのですから、健康保険、自立支援法の適用をお願いしたいところです。

 ところで、この論文が精神医学に掲載されたのが、2024年6月号ですが(菊池章他:統合失調症急性期の好中球/リンパ球比と血清蛋白量の前向き研究)、何と同月の精神神経学雑誌に多施設共同研究が精神医学のフロンティアの項で発表されました。岡﨑康輔他「眼球運動と認知機能を用いた統合失調症患者と健常者の臨床診断による判別」です。興味のある方はぜひお読みいただきたい。眼球運動については、大宮厚生病院の小島卓也先生が長年研究されてきましたし、WAISと症状の関係については私も研究してきました。これで思いついたのですが、WAISの符号問題をNLR、総蛋白の血液検査と合わせれば、AUCはもっと上がることでしょう。

 同時に、数量的診断の論文が出るとは、ユングの共時性なのでしょうか。生物学的精神医学が精神病理学的精神医学によって「まだまだだよ」とからかわれているのでしょうか。(2024年8月)