統合失調症の認知機能とA/G比(医療関係者様向き)

統合失調症の認知機能は、統合失調症の社会的な予後を考える上で重要です。この認知機能と連動するような身体的指標がないか。それを追求した私どもの論文をご紹介いたします。A/G比は、血液中のアルブミンとグロブリンの比です。何でこんなものが、知能検査と関係あるのか? 想像を超えてませんか? 関係のありそうもないと誰もが思っていることに実は関係がある。そういうことがとても好きです。少しずつご説明します。

要約 
 統合失調症の認知機能と身体的状況との関連を調べる目的で,精神科急性期病棟に入院中の統合失調症患者(N=105)に知能検査WAIS-Ⅲを行い,定期血液検査結果との関係を調べました。その結果,男性群(N=55)ではA/G比と全検査IQとの間にr=0.424,p<0.01(Pearson)の有意な正の相関関係が認められ,A/G比と言語性IQ,動作性IQ,言語理解,知覚統合との間にも同様の相関関係がみられました。また,A/G比が平均値(1.76)未満の群では,それ以上の群に比べて全検査IQ,言語性IQ,動作性IQ,言語理解,知覚統合が有意に低下していました(t-test)。男性ではA/G比が統合失調症の認知機能の1つのバイオマーカーになっていると考えられました。以上の結果を統合失調症のサイトカイン仮説などから考察しました。

Relationship between cognitive dysfunction and A/G ratio in schizophrenia patients

 精神科の患者さん、特に統合失調症の患者さんでは、認知機能が低下すること、特に動作性IQの低下、処理速度の低下がみられます。それは、過去の私の研究でもそうなっていますし、他の方の研究でもそうでしょう。その認知機能の低下は社会適応と関係があるから問題なのです。処理速度が遅ければ、学歴があって知識に優れていても社会適応は困難です。人間関係がうまくいかないから、職場になじまないといいますが、そうではないことも多いです。病気の特性により処理速度が遅いために、仕事がはかどらず、その結果、人間関係がうまくいかないとも考えられるのです。無理して頑張ってもむずかしいのです。人は因果関係を間違えます。
 さて、認知機能が大切なことはわかりました。しかし、それはどんな身体的生物学的問題と関係しているのでしょうか。普通に考えれば、非常に高度な難しい検査と関係がありそうです。遺伝子に関係する微小物質とか。超高度な研究施設でないとわかりそうもないですね。私もそう思ってました。
 しかし、臨床心理士の先生が一生懸命 WAIS-Ⅲを検査してくださいましたので、どの病院でもやっている基本的な血液検査所見を比較してみました。やり方は、WAIS-Ⅲの結果と血液検査の結果、その他の基本情報を exel に入れて、統計解析すればいいだけです。何年か前にやったことですが、今回、ブログに載せさせていただきます。なお、この初期研究は、埼玉県医師会雑誌に掲載してもらったところ、埼玉県医師会医学奨励賞をいただきました。ありがとうございました。その後の進展も含めてもう少し広く公開させていただければと思います。

はじめに(論文調となりますがお許しください)
 統合失調症の社会適応など転帰予測因子の中で近年注目されてきたのは認知機能障害であり12),この認知機能は個人的な素質,疾患による影響や薬物の作用,脳の器質的問題などの影響を受けていると想定される。しかし,脳以外の身体的指標と統合失調症患者の認知機能との関係は,ほとんど報告されていない。筆者らは2006年にわが国に導入された日本版WAIS-Ⅲ成人知能検査法(Wechsler Adult Intelligence Scale-Third Edition,以下WAIS-Ⅲ)6,7)を用いて,統合失調症患者の認知機能を計測するとともに,認知機能と血液生化学的な各種の測定値との関連を統計学的に検討した。

 普通は、認知機能とどこでも行われている血液検査所見が関係あるなど思いもよらないですよね。私もそう思ってました。

対象と方法
 U精神科病院(当院)の急性期病棟に2008年6月~2015年8月に入院中のDSM-Ⅳ-TR2)で統合失調症と診断された患者(新規入院者と長期入院で急性増悪した者)のうち急性期症状が軽快し,検査に同意した患者105人にWAIS-Ⅲを行なった。105人の年齢,性別,学歴などを調べ,WAIS-Ⅲ検査を行なった日にもっとも近い日に行なわれた定期血液検査結果を調査した。調査した検査項目は,白血球数,血色素量,総蛋白,A/G比,アルブミン,総コリステロール,中性脂肪,尿素窒素,GOT,GPT,チモール混濁試験(thymol turbidity test,以下TTT),硫酸亜鉛混濁試験(zinc sulfate turbidity test,以下ZTT), Na,K,Clである。また,WAIS-Ⅲ検査日に服用中だった抗精神病薬,抗パーキンソン薬の使用数,使用量を調査し,それぞれの力価を求めた10)。また, それらの各数値をMicrosoft Excel に入力したのち,SPSSver.17を使用して統計学的に分析した。なお,研究を進めるに当たって,個人が特定されないようにするなどデータの管理に十分配慮した。本研究はretrospectiveに行なわれたもので,WAIS-Ⅲおよび血液検査は個人の治療上の有用性から施行され,本研究を目的として検査を計画的に行なったものではない。

 さあ、ここで、残念ながら、もう検査できない検査があります。それが、TTTZTTです。膠質反応と呼ばれるもので、昔はどこでもルーチンにやってましたが、TTTが免疫グロブリン全体量、ZTTが γ-グロブリン量(IgG)を反映するものです。時間がたつと変化しやすいそうですし、IgGとかを直接調べるより精度に欠けるそうです。料金も安くできていたのですが、そういうわけでどの検査機関でもやらなくなったようです。しかし、TTT、ZTTは、精神症状やサイトカインが関与する各臓器の炎症などとは深い関係があります。精神科では悪性症候群との関係がありますし、私としてはとても残念です。一般的な血液検査で、精神症状と関係するのはこれくらいだからです。コロナウイルス感染症では、きっと、TTT、ZTTを計測してみると病気に応じて変動していると思います。アルブミン、グロブリンは病気とともに変動するはずですので、コロナ感染症のA/G比を経時的に調べてみるだけでも面白いと思います。サイトカインストームの時は変動するはずですから。
 コロナうつとか言われて、自粛という生活環境のせいだとかと心理的、社会的に解釈される精神科医や他科の医者が多いと思いますが、私は、肺と同じように脳に軽い炎症を起こして、不安定になっている人が結構いるのではないかとひそかに思います。その人特有の脆弱な臓器にウイルスが取りつき、増殖し影響を与えるのではないでしょうか。心理的、社会的なコロナうつではなくて、生物学的なコロナうつ、コロナ精神病です。そのうちに証明できればと思います。

結果です
 対象者の特徴を表1に示した。男55人,女50人の統合失調症患者の検査時の平均年齢±標準偏差(以下同様)は42.2±12.2歳であり,発病年齢は26.2±8.3歳である。学歴は中学卒業22.9%,高校卒業56.2%,短期大学卒業5.7%,大学卒業15.2%であった。抗精神病薬は最大4種類まで使用され,平均1.71±0.84種類で,総力価は602±412mgであった。抗パーキンソン薬は,トリヘキシフェニジルが27例にビペリデンが2例に使用されていた。両者を合わせた使用率は27.6%で,ビペリデンに換算して平均0.84±1.34mgであった。

表1 対象者の特徴 (N=105,男55人,女50人)

 平均±SD最小値-最大値
年齢 (歳)42.2±12.218-68
発病年齢(歳)26.2±8.314-52
入院日から検査日の日数(日)187±6082-4840
WAIS検査から血液検査の日数差(日)8.1±5.70-23
抗精神病薬使用数1.71±0.840-4
抗精神病薬総力価(mg)*602±4120-2125
抗パーキンソン薬使用数0.28±0.450-1
抗パーキンソン薬力価(mg)**0.84±1.340-4.5

*chlorpromazine換算 **biperiden換算

 これは、患者さんの基本情報です。WAIS-Ⅲをした時の年齢の平均は 42.2歳、発病から平均 16年くらいたっていることになります。WAIS-Ⅲをした日から最も近い日にした血液検査結果を使用しました。薬は、統合失調症の治療に用いられる平均的な量かと思います。

WAIS-Ⅲの結果を表2に示した。平均的に見ると言語性IQに比べて動作性IQが低いこと,群指数では処理速度が低く,平均値は軽度精神遅滞の水準である。

表2 対象者のIQと群指数

 平均±SD最小値-最大値
全検査IQ77.9±15.246-122
言語性IQ86.5±16.051-129
動作性IQ71.4±14.148-115
言語理解88.0±15.450-122
作動記憶82.2±16.752-130
知覚統合77.3±16.852-130
処理速度67.9±12.350-116

 言語性IQの平均は、一般と比べても 86.5とまあまあですね。動作性は少し低下しており、処理速度は軽度精神遅滞のIQに相当するほど低下しています。これは、統合失調症の平均的プロフィールです。

 入院患者のすべてに1ヶ月に1回定期血液検査を行なっており,WAIS-Ⅲの検査日にもっとも近い日の血液検査結果を使用した。WAIS-Ⅲの検査と血液検査の間の日数差は,8.1±5.7(0-23)日である。平均値と標準偏差は,血色素量13.3±1.5g/dl,白血球数60.0±18.1,総蛋白7.0±0.5g/dl,A/G比1.7±0.3,血清アルブミン(以下,アルブミン)4.3±0.3g/dl,総コリステロール180±34,中性脂肪113±88 mg/dl,尿素窒素10.4±3.4 mg/dl,GOT 20.1±11.7 IU/l,GPT 23.2±15.4 IU/l,TTT 1.8±2.1U,ZTT 6.3±3.8U,Na 141.4±2.4 mEq/ℓ,K 4.1±0.4 mEq/ℓ,Cl 102.3±2.8 mEq/ℓであった。さらに,グロブリンを総蛋白とA/G比から計算して求めたところ2.6±0.4g/dlであった。このうち,GPTまでの10項目とグロブリンは105例全例の結果が得られたが,途中で定期検査項目が変更されたため,TTT,ZTTは82例,Na,K,Clは77例からのみ結果を得た。

 血液検査結果ですが、個々の検査所見の平均は正常範囲内に入っています。

 これらの16種の各検査値とIQ,群指数との Pearson(ピアソン)の相関係数を調べた。まず,血色素量と処理速度との間に,r=0.178(p=0.070)の弱い正の相関の傾向がみられた。血色素量が少ないと処理速度が遅くなる傾向を示している。白血球数,総コリステロール,中性脂肪,尿素窒素,GOT,GPT,Na,K,ClとWAIS-Ⅲの各項目との間に有意な相関関係はみられなかった。

 貧血に傾くと、処理速度が低下する傾向があります。これは、何となく想像がつきます。貧血に注意して、社会適応を高めましょうということです。

 表3に示したように,血清蛋白質とWAIS-Ⅲの各項目との間には多くの有意な相関関係がみられた。A/G比が高くなると,全検査IQ,言語性IQ,動作性IQ,言語理解,知覚統合,処理速度が高くなるという有意な正の相関関係が認められた。グロブリンも同項目において有意な負の相関関係が認められ,グロブリンが多いとWAIS-Ⅲの同項目が低いという性質が認められた。アルブミンはWAIS-Ⅲの各項目と有意な相関関係はなかった。ZTTは言語性IQ,言語理解において,有意な負の相関関係が認められた。以上の統計学的特徴のうち,WAIS-Ⅲともっとも強い相関を示したのは,A/G比であった。

表3 血液生化学的検査とIQ,群指数との相関関係(N=105)

 全検査IQ言語性IQ動作性IQ言語理解作動記憶知覚統合処理速度
血色素量0.0910.0330.1430.010-0.0220.1520.178
総蛋白-0.164-0.188-0.114-0.200*-0.155-0.081-0.155
A/G比 0.271** 0.243* 0.258**0.237*0.115 0.273** 0.200*
アルブミン0.0580.0220.0820.025-0.0890.1380.007
グロブリン-0.241*-0.243*-0.200* -0.260**-0.117-0.203*-0.192*
TTT-0.016-0.1120.101-0.1830.0460.0590.036
ZTT-0.145-0.221*-0.025-0.232*-0.109-0.064-0.069

数字は、rPearsonの相関係数, *p<0.05,**p<0.01

 しかも A/G比の平均が男性で有意に高かったので(t-test,p<0.05),男女間の差異に注目し,A/G比とIQ,群指数の相関関係を男女別に調べて表4に示した。男性では,全検査IQでr=0.424(p<0.01)の相関が認められ,他の2種のIQと言語理解,知覚統合とA/G比の間にも有意な正の相関関係がみられた。女性では相関関係がみられず,男女間で顕著な違いが認められた。男性のA/G比と全検査IQとの散布図を図1に示した。また,男性の場合,ZTT(N=40)は全検査IQでr=-0.365(p<005),言語性IQでr=-0.388(p<0.05),言語理解でr=-0.430(p<0.01),処理速度でr=-0.314(p<0.05)の負の相関関係を認めている。

表4 A/G比とIQ,群指数との相関関係(男女別)

A/G全検査
IQ
言語性
IQ
動作性
IQ
言語
理解
作動
記憶
知覚
統合
処理
速度

55人
0.424**0.351**0.440**0.370**0.2110.443**0.207

50人
0.0400.0150.081-0.020-0.087-0.0900.239
r:Pearsonの相関係数,**p<0.01

 男女で違うというのは、本当に驚きです。A/G比と認知機能が相関するのは男性だけなのです。何で男女で違うと思ったのか、それは忘れてしまいました。

 男性においてA/G比が1.76g/dl(平均値)以上の29人とそれ未満の26人のIQ,群指数の平均値の差の検定を行ない,結果を図2に示した。A/G比が平均値未満であると,全検査IQ,言語性IQ,動作性IQ,言語理解,知覚統合が有意に低下していることがわかった。下位検査項目では,A/G比が低い群では高い群に比べて,類似,積木模様,絵画配列,逆唱の最長スパンで有意に評価点が低下していた(図3)。

 A/G比は,男性において,年齢,学歴,抗パーキンソン薬総力価との間に有意な相関関係を持たなかったが,抗精神病薬総力価との間に有意な正の弱い相関関係が認められた。それらを制御変数として,A/G比とWAIS-Ⅲの各項目との間の変相関分析をしても,同様の項目でほぼ同様の強さの有意な相関関係を得た。したがって,男性の場合,A/G比と認知機能との関係には,薬剤などの明確な影響は認められないといえる。

考察
 WAIS-Ⅲには3種類のIQ(全検査IQ,言語性IQ,動作性IQ)があり,言語性IQは単語,類似などの下位検査から,動作性IQは絵画完成,符号などの下位検査から構成されている6)。4種類の群指数は認知機能の詳細な指標であり,言語理解は単語,類似,知識の下位検査からなり,言語的知識,言語的推理力を測定する。知覚統合は絵画完成,積木模様,行列推理からなり,非言語性の流動性推理,詳細な部分への注意,視覚運動統合を測定する。作動記憶は算数,数唱,語音整列からなり,受検者が情報に注意を向けて短期間保持し,記憶の中でその情報を処理する能力を測定する。処理速度は符号,記号探しからなり,視覚情報を処理する能力を測定する7)。Fujinoら5)はWAIS-Ⅲを統合失調症患者に行ない,統合失調症群では対照群に比べて,処理速度などが低下していることを認めたが,本研究でも表1に示したように,処理速度,動作性IQ,知覚統合などの認知機能の低下が目立ち,本研究の対象患者群はFujinoら5)の例と同様の特徴を持ち,統合失調症群の典型的な認知障害のプロフィールを呈していると考えられた。幻覚妄想のような精神病症状よりもこれらの認知機能障害が,統合失調症患者の社会適応の障害と関係するといわれ9,13),認知機能障害の評価や対策はわれわれが取り組むべき重要な課題と思われる。

 本研究では,A/G比,血清グロブリン量が男性の場合,統合失調症の認知機能障害と関係し,バイオマーカーとなる可能性があることがわかった。グロブリンは多種の蛋白から構成されるが,同時に計測したZTT,TTTから以下のように考えられる。ZTTの属する血清膠質反応は,血清に蛋白変性試薬を加えて混濁や沈殿の生成状態を測定するもので,グロブリン量を反映するためグロブリン反応ともいわれる。ZTT は免疫グロブリン増加症で高値を示し,IgG量と非常によく相関する11)。TTTはIgGとの相関はやや低くIgMとも相関する11)。今回,TTTではなく,ZTTと認知機能との間に有意な関係がみられたことや,グロブリンの中でもっとも多くの量を占めるのがIgGであることから,男性の場合,血清IgG量と統合失調症の認知機能に負の相関関係があり,バイオマーカーとして想定される。しかし,これらはZTT値からの予測に過ぎず,数値上もっとも有意な相関を示したのがA/G比であり,一般的に広く計測されるA/G比を中心に本研究では統計学的解析を行なった。

 統合失調症の認知機能障害が,ごく一般的に計測されているA/G比との間に関係があるとはにわかには信じがたい。では,A/G比,グロブリンあるいはIgGと統合失調症の認知機能を結ぶものは何だろうか。免疫グロブリンは,補体と並び体液性免疫に関わる重要な蛋白群であり,抗原によりT細胞が活性化されると一次免疫応答としてB細胞がIgM抗体産生細胞になり,二次免疫応答としてIgM産生細胞がIgG抗体産生細胞にスイッチしてIgGを生産する11)。IgGが増加する疾患は,感染症,膠原病,慢性肝炎などであり11),慢性の炎症のある場合である。これらの過程を促進するのが種々のサイトカインである。サイトカインは,通常アミノ酸数30-500程度のポリペプチドで,生態防御反応を多種多様な細胞群に命令し,統合的な炎症反応を起こさせる分子群である16)。本研究でみられる統合失調症患者のA/G比,グロブリンあるいはIgGの変動は,IL-6などのサイトカインの活性化が関与している可能性が考えられる。

 何で血液検査、A/Gと認知機能が関係するのかを考察しました。

 認知機能とサイトカインとの関係も報告されている。C型肝炎や抗腫瘍治療のために投与される種々の組み換えサイトカインが様々な精神神経症状を惹起することは一般に知られている。例えば,抗がん治療で用いられるIL-2(インターロイキン-2)は,抑うつ気分のほか,認知障害をもたらすことがある。統合失調症の急性期で,IL-2の産生能が低下していることが知られている8)

 Nawaら15)は,統合失調症の神経発達仮説にサイトカインが寄与することを見出し,統合失調症のサイトカイン仮説を提唱し,サイトカインは脳認知機能に重大な影響を及ぼすとともに,統合失調症の発現には免疫炎症反応が関連するともいう16)。動物実験において,母体ウイルス感染等により,胎児や新生児中に誘導される炎症性サイトカインが脳発達を傷害し,多様な認知行動変化・障害を長年にわたって引き起こし,IL-1やEGF(神経栄養因子)が統合失調症の慢性の脳発達障害に関与すると予測した。恒常的にサイトカインシグナルが活性化された場合には,認知機能・知覚処理の脳機能異常が永続的に起きると想像した16)

 統合失調症の炎症仮説を援用すると、この結果がうまく解釈できます。

 齋藤と秋山17)は,免疫グロブリンスーパーファミリー(Igスーパーファミリー:免疫グロブリンドメインをもつ蛋白質の総称)に属するニューロプラスイン(NPTN)の過剰発現が統合失調症において認知障害を引き起こす可能性について述べている。門司14)は統合失調症において,神経炎症が関与している可能性があるとし,脳内の活性化ミクログリア由来の炎症性サイトカインが神経細胞への組織障害性を有し機能的精神疾患の病態生理に深く関与するとした。急性期や再燃期に神経炎症が顕在化して予後に重要な影響を与えている可能性があるという。

 また,脳の炎症やサイトカインの発現にウイルスが関与するという説もある。Dickersonら3)は,単純ヘルペスウイルス1型の感染が統合失調症の認知機能障害の予測因子であり,統合失調症の認知機能障害の重症度と関連するとした4)。Thomasら18)は,単純ヘルペスウイルス1型の感染は統合失調症の認知機能領域の機能の減弱と関係するとし,Watsonら19)は,潜在的,持続的なヘルペスウイルス1型の感染が認知機能障害に関係するとした。ウイルス感染による脳の炎症が起これば,ウイルス肝炎の場合と同様に,サイトカインの作用により,免疫グロブリンが上昇し,A/G比が変化する可能性が考えられる。

 統合失調症とウイルスとの関係です。コロナウイルスとも確かに関係がありそうです。特に統合失調症の再燃と関係あるのではないかと思っています。

 以上のような先行研究と本研究から立てられる仮説は以下のごとくである。統合失調症患者において,サイトカインが症状や病期と関連して活性化していると考えられ,サイトカインは脳の炎症(ウイルスが関与する場合も想定される)と関係し,認知機能を低下させる。他方,サイトカインの働きにより,慢性炎症の結果として免疫グロブリンが増加し,A/G比が変化する。このようなことから,A/G比が統合失調症の認知機能と関連するという仮説が立てられる。

 ただし,本研究結果において,A/G比と認知機能との相関が男性で明確であるのに対し,女性ではまったく観測されないという事実がある。統合失調症の男性においては女性の1.4倍の発症リスクがある1)ほか,男性のほうが発症年齢が低く,女性の場合,発症年齢が二峰性であること,男性より予後が良好なことが一般的に知られている。このようなことから,統合失調症の発病メカニズムが男女間で異なる部分のあることが想定されている。また,免疫系の男女差について考えてみると,膠原病は女性に多く,IgG量を増加させ,A/G比に変動をもたらし,全身性エリテマトーデスなどでは精神症状も発現する。この過程にはサイトカインが関与しているはずである。本研究の結果からは,統合失調症において,男女間で認知機能障害のメカニズムに異なるところがあり,それが,予後や重症度の男女差に関連している可能性もある。統合失調症の認知機能がA/G比などの血清蛋白質と関連を持つこと,それが男性に限られることという事実に注目して研究をすすめることにより,統合失調症の認知機能障害や発病機転を解明する端緒となる可能性もある。また,本研究の対象者は,急性症状の軽快時に行われたものであり,慢性期ではどのような結果になるのか,時間的あるいは病期による変動がありうるか,気分障害についても同様の結果が得られるのかなどの問題がある。ともかく,A/G比,IgG,ZTTなどと認知機能の関係を男女差を含めて広く経時的に調査していくことは統合失調症の成因論,症状論を検討する上で有意義と思われる。

 これを書いた時にはまだ私は知らなかったのです。女性ホルモンは、インターロイキン6 の働きを弱めて、炎症をひどくしないという論文があります。これが事実だとすれば、かなりの部分が説明できます。男女で初発年齢が違う、女性では40代以降にも発病が多いのは、女性ホルモン値が低下してくるからです。

文献

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Summary

Relationship between cognitive dysfunction and A/G ratio in schizophrenia patients

KIKUCHI Akira*SUZUKI Shioya

To investigate the association between physical health and cognitive function in schizophrenia, we conducted the WAIS-III intelligence test on schizophrenia patients (N=105) who were emergency psychiatric ward inpatients, and analyzed the relationship between IQ and A/G ratio through routine blood tests. We found a significant positive correlation of r=0.424, p<0.01 (Pearson) between A/G ratio and full scale IQ in males (N=55), and we found similar correlations between A/G ratio and scores for verbal IQ, performance IQ, verbal comprehension, and perceptual organization. Moreover, in the group with an A/G ratio lower than average (1.76), scores for full scale IQ, verbal IQ, performance IQ, verbal comprehension, and perceptual organization were all significantly lower (t-test) than in the group with an average or higher A/G ratio. We believe that the A/G ratio can serve as one parameter of cognitive function in male schizophrenia patients. We discuss these findings in the light of the cytokine hypothesis of schizophrenia pathogenesis and other aspects.