幻聴 その捉え方(医療関係者初学者向け)

幻聴の特性

 幻聴というのは、本当に不思議です。患者さんの体験することは、おおかた想像のつくものが多いし、被害妄想だってなんとなくわかります。パニック障害だってわかるし、それに近い体験だって多くの人がしたことがあるでしょう。眠れないときも食べられないときもあります。だから、自分の体験の延長上にある感覚で多くの症状がそこそこ理解できます。ところが、幻聴だけは異なります。もちろん幻視もですけれども。

 わかると思うから、自分の意見を言ったり、さばいたりする間違いを治療者側はしょっちゅう起こします。これが精神医療の永遠の問題でもあります。自分の延長線上でわかったと思うのは間違いです。尊重などと口にするが、自分はわからないのだということをわかることが尊重への第一歩でしょう。いい精神科医療のためには、優れた想像力が必要ですが、人間だからいつも至りません。

 というわけで、自分で体験できないし、何かの延長線上で考えることもできない幻聴については、患者さんに教えてもらうしかありません。

 ベテランの看護師は、「あの患者さんは幻聴に聞き入っている」などということがあります。私にはそれが本当かどうかわかりません。感性のある人だけがわかるのかもしれません。または、自分に幻聴体験があって、幻聴があるとき自分もそういう外観になるので、それから想像するのかもしれません。まだあります。あとで患者さんに聞いてみてあの時幻聴があったといわれれば、その時の外観の様子と幻聴を結びつけることができます。

 このあたりは、精神病理学者が厳密に考えたら、ヤスパースという偉い精神科医兼哲学者の示した了解と説明というところから入るのでしょう。

幻聴があるか聞く 

 妄想と違って患者さんが最初から幻聴について話してくれることは少ないです。幻聴は、「声が聞こえてくることがりますか?」とか、「幻聴がありますか?」とか恐る恐る聞かなければなりません。なぜ、恐る恐るなのか? それは、全くない人に聞くと、自分はそんな精神病じゃないとされたり、医師が自分の病気を誤解していない、つまり、精神科医としての力量がないと思われる可能性があり、後々の治療関係にも影響してしまいます。

 しかし、それは杞憂であることが多い。だいたいの患者さんはあまり驚きませんし、幻聴について話してくれることは予想以上に多いです。聞かないとずっと知らないままになってしまう。患者さんのことを十分に把握するには幻聴の情報も重要です。

 ただ、聞き方がすごく重要で、幻聴の存在を最初に否定しても「前にあったことはありますか?」と聞いたり、「少しありますか?」と聞くと「ある」という人も多いです。

)治療者「幻聴がありますか?」
  患者「ありません」
  治療者「少しありますか?」
  患者「ほんの少しです。『死ね』とかです」

 なんで? ここには、幻聴の特別な特徴が表れています。それは、何か? 患者さんは、幻聴のあることをためらいがちに話すということです。あたかも、幻聴があることがうしろめたいかのように。症状に対するこの態度はきわめて重要です。これは、病識とか病感などといったものとも関係があります。患者さんは隠そうとしているようにもみえるときがあるし、のように感じているようにみえます。秘密のようにもみえます。

 幻聴に比べて、妄想は堂々と語られることが多いです。重要な証拠をつかんでいる、というように確信をもって語られます。

 もし、私にも幻聴がやってきたらどうでしょう。それを他人に話すでしょうか? いや相当ためらうでしょう。家族に話したら心配されるだろうし、同僚に話したら、同僚もどうしていいか分からなくなるかもしれません。でも、様子がおかしいとみられて、「少しだけありますか?」と聞かれたら、「ちょっとならある」と言ってしまいそうです。そのときにそんなにびっくりしないでほしいです。勇気をもってやっと話したのだから。

 ともかく、幻聴というのは患者にとっても違和感のある症状であることが多いです。だから、非常に自我親和性があり、幻聴だと認識できない幻聴があるでしょうし、客観視できる幻聴もあるようです。客観化できないと、幻聴の指令のとおりに危険な行動をとってしまうこともあります。「幻聴さん」と名付けて客観化しようとする対処法を使っているグループもあります。

 患者さんは、はじめて幻聴を聴いたときの体験を覚えている人も多いです。何と言われたかも覚えている場合もあります。そこが自然であると思わなかったことが、病識とか病感とかと関係のあるところなのです。

 幻聴の出る時間帯

 幻聴は、人にもよるが、夕方に出ることが多いです。統合失調症の人の神経は夕方になると疲労してくるのでしょう。いや誰でもそうです。

そのほかに、入眠時とか、夜中に目覚めた時とか、朝起きてうとうとしているときとかとかもあります。

幻聴の出る場所

 幻聴は、人によってだが、いる場所によって程度が違うことがあります。トイレやふろの中で活発に聞こえるという人がいます。場所依存性があるということす。環境依存性といってもよい。人ごみの中で聞こえるとか、街を歩いているときにすれ違いざまに言われるとか。 

蛇口から流れる水の音に重なって幻聴が聞こえる人もいます。

よくあるのは、換気扇の音とか、人の話し声に重なってとか、救急車のサイレンに重なってとか、つまりこれは、聴覚刺激によって幻聴が誘発されるということといえます。

幻聴の重症度

 幻聴は誰にでも意識下にはあるのかもしれないと考えたらどうでしょう。その発現閾値は、病気によって、環境によって変動すると考えてみましょう。

 下の図の説明をします。上の方が軽症です。下の方が重症です。病勢、薬剤などによって、閾値が変動します。軽症な幻聴は、入眠時に限定して現れるものとか、言葉でなく音楽であったり、単調なと出会ったりします。また、幻聴だと客観視、認識可能です。そして、重度になると、幻聴だという認識ができなくなり、命令通りに動いてしまったりします。また、恐怖心や不安などの感情面の症状も伴います。

 病気の悪化の方向は、何らかの原因で、閾値が下がっていくことです。治癒の過程は、閾値が上がっていくこととなります。この閾値は、その個人により、毎日、毎時変動していきます。夕方になると、多くの患者さんでは閾値が下がり、より重篤な幻聴の症状が出現します。

 良い睡眠は、閾値を上げて幻聴を軽快させます。薬物療法によっても閾値の線が動かなくなり、下方で固定してしまう患者さんもいます。

A図

幻聴の定位

 今まで見てきたように幻聴には、さまざまな側面がある。それを多軸でていいできるようにしたいと思いました。

軽症中等症重症
自己との関係外在中間内在
異物としての認識異物、違和感同化、違和感なし
時間入眠時夕方から夜いつでも
場所トイレ、ふろ、人ごみどこでも
聞こえ方音、音楽意味不明な声はっきりとした言葉、声
感情アドバイスなど好感悪口など不快恐怖、追いつめられる
内容不明注釈 自分の考え命令
発信者特定の人物不特定多数
音量
妄想との関係無関係自分の行動に対して幻聴が
あるので監視されている
秘密公開秘密、否認

 幻聴を正しく見ていくには、このような視点から見ていくと把握しやすいと思います。患者さんとともに把握していく作業は、客観化につながります。自分の興味だけできいているのではありません。

 幻聴は知覚の障害ですが、妄想は思考内容の障害です。これらが結びつくのはなんででしょう。いや、すごく面白いです。知覚と思考をつなげるものなのですから。

幻聴と薬剤との関係

 幻聴には、薬剤が有効です。妄想に対してより抗精神病薬は幻聴によく効きます。ただし、初期の治療とか、再燃時の治療とかの時には有効ですが、慢性的に幻聴がある場合、薬物療法の効果が不十分になることがあります。治療抵抗性の幻聴といってもいいでしょう。

 薬物は、上の上の図で、効果があれば閾値を上げます。治療とか病勢は、閾値の線の上下で表されます。幻聴を完全になくそうとする薬物療法は、よくはありません。幻聴に振り回されなくなる、客観性を保てる、苦痛、恐怖がそれほどでもない、というところを目指すのがよいでしょう。

幻聴について聞くことの意味

 幻聴について、いろいろと聞きます。男の声か女の声か、知っている人の声か、知らない人の声か、一人か複数か、どちらから聞こえてくるか、いつ聞こえてくるか、命令調のことがあるか、それに動かされてしまわないか、どこで聞こえてくるか、いつから聞こえ始めたか。

 私はこのように聞く。それは、なぜだろうかと考えてみると、幻聴を互いに客観化しようとすることです。どれだけ有効ののかもわかりませんが、自己親和性の状態から客観視できる状態になれば、対処がある程度可能なのかもしれません。これは、簡単に言えば幻聴に対する精神療法です。幻聴に対しては、それを聞いて明確化すればよいのです。2人の中で明確化して、2人の中で客観化していけばいいのです。

 抗精神病薬の効能もこういうことです。自我親和的であり危険な行動へと動かされてしまう幻聴などを客観化する作用があるともいえます。主観を客観に変える薬があるといったら、哲学者たちはびっくりするでしょう。脳と薬と病気という生物学的な問題が哲学的問題に影響を与えるなんて本当に驚きです。

幻聴の治癒過程

 幻聴の内容にも変化が起こります。「死ね、死ね」と言われていたのが、教えてくれる存在になったり、注釈になったり、

 その他に音量が低くなったり、頻度が減ったり、動かされなくなったりします。思考化声の形式に変わることがあります。

 内容の変化と音量の変化、形式の変化があります。主観から客観へです。

 治癒過程は、上記のA図の閾値棒をだんだん上にあげていくようなものです。上げる力が、薬にはあります。

幻聴と診断

 幻聴が多いのは統合失調症ですが、その理由は、幻聴が診断基準の中に入っているからです。だから、当たり前といえば当たり前です。このように精神科の診断には、問題があるのは事実です。まあそこのところは緩やかに考えましょう。どのような精神疾患であっても、幻聴を生じさせる機構をもっていれば、幻聴を発現させることができます。A図において、閾値を下げる効果が高い診断の第1は、統合失調症です。躁うつ病は、ふつう幻聴の閾値を下げる原因ではありません。発達障害でも、閾値が下がることもあります。というようなものでしょう。(2022年9月12日)