Ⅷ.身体拘束と気候との関係
次に、気候との拘束との関係を調べてみることにしました。下図に示した年間晴れ日数は、気象庁のデータから雲量8.5以下の日の日数を晴れとしたときのものです(都道府県別統計とランキングで見る県民性)。年平均気温と年平均降水量は、気象庁のホームページから、各都道府県の県庁所在地の昭和56年から平成22年までの平均をとったものです。ピアソンの相関関係を調べると、表7のように、晴れ日数が少なく、年平均気温が低い県(ブルーの県)では、拘束率が高くなるという有意な相関関係が認められます。常識では考えられませんが本当です。雨量は関係ありません。
表7 拘束数と気候との関係(ピアソンの相関関係)
年間晴れ日数 | 年平均気温 | 年平均降水量 | ||
人口当たりの拘束数 | 相関係数 | -0.472 | -0.571 | -0.088 |
有意確率 | 0.001 | 0.000 | 0.557 |
N=47
Ⅸ.身体的拘束と犯罪および自殺の関係
表8に、人口当たりの拘束数と、刑法犯認知件数人口千人当たり2015年、自殺死亡率人口10万当たり2016年との相関をお示ししました。すると、何と、刑法犯は、p<0.01、r=-0.455、自殺は、p<0.05、r=0.273とともに拘束数と有意な相関が認められました。年がずれていますので、これを同じ年のデータで行うともっと高い相関が得られるはずです。つまり、人口当たりの拘束数が多い都道府県では犯罪が少ない、拘束が少ない都道府県では犯罪が多いという負の相関関係が明確にあります(p=0.001)。
また、拘束の多い都道府県は自殺も多い、拘束の少ない都道府県では自殺も少ないという弱い相関関係があります。おそらく、自殺の多い地方では拘束数も多くなるが対策が追いつかないということかもしれません。これは主に東北地方西側の問題です。 これらの知見は、過去の文献ですでに指摘されているのかもしれませんが、私は初めて知って驚きました。
表8 人口当たりの拘束者数と相関する因子(N=75)
刑法犯認知件数人口千人当たり | 自殺死亡率人口10万当たり | ||
人口当たりの拘束者数 | ピアソンの相関係数 | -0.455 | 0.425 |
有意確率 | 0.001 | 0.003 |
※人口当たりの拘束者数と精神科医数、指定医数、看護師数、薬剤師数、PSW数と間に有意な相関関係はない。
Ⅹ.身体的拘束が少ない地域と多い地域の差異について
表9-10に示しましたが、人口当たりの拘束数の少ない上位10の都道府県と拘束数が多い10の都道府県の要素を平均値の差の検定で調べました。身体拘束が多い県では、人口当たりの入院者が多く、隔離数が多く、保護室数も多いことがわかりました。精神科医数やPSWはむしろ多いのです。つまり、専門職を手厚くしても、保護室を多くしても都道府県単位でみると身体的拘束の減少には寄与していません。繰り返しますが、身体拘束の発生にはその他の強い要因があるということです。人の努力では抗しきれない何かがあります。
表9 人口千人当たりの拘束数の多寡と各種指標との関係(t-test)
人口当たりの入院者数 | 同隔離数 | 同保護室数 | 平均在院日数 | ||
人口当たりの | 少ない10の都道府県 | 2.02±0.77 | 0.056±0.024 | 0.23±0.06 | 302.9±37.3 |
身体拘束 | 多い10の都道府県 | 3.08±0.84 | 0.104±0.044 | 0.32±0.09 | 328.5±50.5 |
有意確率 | 0.009 | 0.008 | 0.012 | n.s. |
表10 身体拘束数の多寡と医療従事者数との関係(t-test)
人口当たりの精神科医数 | 同指定医数 | 同看護師数 | 同PSW数 | ||
人口当たりの | 少ない10の都道府県 | 0.075±0.025 | 0.055±0.019 | 0.89±0.40 | 0.066±0.027 |
身体拘束 | 多い10の都道府県 | 0.096±0.021 | 0.075±0.016 | 1.20±0.34 | 0.099±0.024 |
有意確率 | 0.020 | n.s. | n.s. | 0.008 |
表11に見られるように、相関関係で見たのと同じ結果ですが、人口当たりの身体的拘束の少ない県では、犯罪件数が t-検定でも有意に多くなっています(p<0.01)。平均値は 8.49/5.44で、拘束が少ない10の県は、拘束が多い10の県に比べて、犯罪件数は 1.56倍 になっています。拘束が少ないと喜んでばかりいられないのです。拘束が少ない都道府県で自殺は少なくなっています。これらは、相関関係であって因果関係を示すものではありません。もちろん拘束を増やせば、犯罪が減るわけではありません。その地域ごとの特性が拘束、犯罪、自殺に作用しているのです。
表11 身体拘束と刑法犯、自殺との関係(t-test)
刑法犯認知件数人口千人当たり | 自殺死亡率人口10万当たり2016 | ||
人口当たりの | 少ない10の都道府県 | 8.49±1.62 | 16.2±2.12 |
身体拘束 | 多い10の都道府県 | 5.44±2.21 | 19.0±3.00 |
有意確率 | 0.002 | 0.028 |
刑法犯と他の相関関係を表12-13でみてみると、自殺死亡率とは、p<0.05、r=-0.311の弱い負の相関があります。人口当たりの入院患者が多いところでは、犯罪が少なくなっています。隔離や拘束が多い県は犯罪が少ないという関係があります。また、保護室が多く、医療保護入院が多く、平均在院日数が多いと犯罪が少なくなります。
世間の一般的な目標としては、精神科ベッド数を減らす、長期入院者を減らす、隔離、拘束を減らす、平均在院日数を減らすということが挙げられますが、そういう県は犯罪数が多い県です。各都道府県は、その地域特有のバランスを保っているように思います。これを無理かつ性急に、情熱とかイデオロギーで人為的に変えようとするのには慎重でなければなりません。
その地域によって、患者さんの呈している病状も異なるのではないかという気がします。統合失調症は冬生まれがわずかに多いとか、緯度によって有病率が異なるとか、寒さとの関連は他にもみられます。
表12 刑法犯と相関する因子(N=47)
自殺死亡率人口10万当たり2016 | 人口当たりの入院患者数 | 人口当たりの隔離数 | 人口当たりの拘束数 | ||
刑法犯認知件数 | ピアソンの相関係数 | -0.311 | -0.534 | -0.408 | -0.455 |
人口千人当たり2015 | 有意確率 | 0.033 | 0.000 | 0.004 | 0.001 |
表13 続き
人口当たりの保護室数 | 人口当たりの医療保護入院届数 | 医療保護届平均年齢 | 平均在院日数 | ||
刑法犯認知件数 | ピアソンの相関係数 | -0.398 | -0.294 | -0.412 | -0.395 |
人口千人当たり2015 | 有意確率 | 0.006 | 0.045 | 0.004 | 0.006 |
Ⅺ.考察
これらの知見は、精神科の拘束を考える上で重要です。人口当たりの拘束数は、医者や看護師やPSWが充実している都道府県で必ずしも少なくないのです。実際には常識では考えられない結果になっています。
拘束率が高い都道府県では、犯罪が少なく、拘束が少ない都道府県では犯罪が多いという明確な相関関係があります。これは、相関関係、平均値の差の検定の両者で明らかです。しかし、拘束は、人口1000人当たり、おおむね 0.05~0.2人です。ところが、犯罪認知件数は、人口1000人当たり、3-15人です。二けた違うのです。つまり、拘束1人が犯罪認知件数100人に相当しながら相関しているのです。何かが両者に影響しているはずですが、私にはわかりません。
一般に平均在院日数が少ない方が良いというように世間の風潮では考えます。実際、日本の平均在院日数は急速に低下してきています。ところが、平均在院日数の短さは、都道府県レベルでみると犯罪の多さと相関します。年間新入院患者が多い都道府県では、犯罪が少ないという関係があります。入院を必要とする患者さんにタイムリーな入院が必要なのかもしれません。平均在院患者が多くなると犯罪は少ないという関係もあります。これらからみると従来は望ましくないという長期入院形態が、犯罪の発生に関しては良好に作用している面があるともいえます。
これらの関係は、すべて、相関関係であり、因果関係ではないことを再び強調しておきます。
世論としては、精神科入院患者が日本で多いということは問題であり、欧米並みに少ないことを目指すとか、諸外国並みに平均在院期間を減らすとか、病床数削減とか、入院ではなく、在宅が良い、アウトリーチなどを目指すなどといいますが、負の部分がどうでしてもあることがわかります。思い込みと現実とは必ずしも一致しないように思います。日本の精神科医療は日本の置かれた環境的背景も視野に入れて慎重に考えていく必要があるように思います。
拘束に関しては、ただ、減らそうと固執することは危険なように思われます。普通の考えでは、指定医が拘束数を決めているように思いますが、拘束率が犯罪認知件数や自殺率、気候と関係するとすれば、実は指定医が拘束数を決めているのでなく、人的資源を含めた病院環境でもなく、もっと大きなものに支配されながら、指定医は判断を行っているということになるのでしょうか。
実際、ある県で、人口当たりどのくらいの拘束数があるかは、その県の平均気温、晴れ日数、犯罪率、自殺率によって、方程式を立てれば、ある程度予測することができます。人口密度や年齢分布のデータがあればますます精度が高まります。これは、信じがたい事ですが真実です。
身体拘束はできれば削減したい。しかし、そこに、クリーンでありたいなどの人間の願望が強く入り込むと、判断を誤らせるかもしれません。精神科医は、一つ一つのケースについて、拘束の基準を念頭に入れながら、今の病院で、総合的に判断して、身体的拘束の指示を出さないといけません。このような背景の中で、自分の力を買いかぶることはできません。
長期慢性入院患者が日本に多いは望ましくないのかもしれませんが、それなりの理由があるのも事実です。個々のケースで、この日本でこの環境で正しいことを選択するべきです。指定医が拘束することに罪悪感や敗北感を持ちすぎて判断を誤っては困ります。そして、さまざまな知見を活かして総合的に水準を上げていくべきなのでしょう。
まとめ
・拘束率は、気候に影響されています。寒く、天気の悪い日の多い県では、拘束率が高くなっています。
・驚くべきことですが、拘束率が低い県では犯罪率が高く、自殺率が低いという相関関係があります。
・都道府県の専門職が充実しても、拘束数を減らすこととは有意な相関がありません。
・平均在院日数の多さ、入院患者の多さにはその地域の特性と関係する意味があります。
・その県の人口当たりの拘束数は、晴れ日数、平均気温、犯罪率、自殺率による方程式である程度推定できるはずです。
・その都道府県の拘束率は、指定医の判断によるのではなく、より大きなものに左右されています。気が付かないだけです。
・これらの知見は、従来の常識とは異なります。精神医療の方針を再検討していく必要があります。
・それでも、拘束を減らすために知見を集約し、その地域の特性に合った持続可能な具体策を講じましょう。
<最後までお読みいただきありがとうございました>