感情平板化または鈍麻 Gefühlsabstumpfung(D), blunted affect(E)とは?

 統合失調症において,意欲低下と並ぶ主要な陰性症状に感情鈍麻がある。感情鈍麻は,統合失調症の多くの症例にみられ,治療者は経験を重ねることによって感情鈍麻に気づきやすくなり,気分障害や人格障害との鑑別に役立てることができるようになる。しかし,意欲低下が理解しやすく,評価者間での一致率も高いのに対して,感情鈍麻は言語による表現が困難であり評価もしづらい。特に軽度の感情鈍麻の評価は,その価値も高いと同時に判定は難しいことが多い。この感情鈍麻について,従来の報告を詳細に眺めていき,感情鈍麻とは何か,どうすれば上手く評価できるかなどを考えてみたい。以下,年代順に,感情鈍麻の記載を眺めていく。

 石田(1875-1940)は29歳時に出版した新撰精神病学(明治40年,1907)の中で,感情鈍麻について,以下のように記載した。「感情界の障碍として最も重要なるもの,他に存す,感情鈍麻gemütliche Verblödung (Emotional deterioration)これなり。これ実に本病の根底を作るところの一大症候なり。既に注意の項に記述したるが如く其障碍は主として患者の感興殺がれ,周囲との情的連結断絶せるに由れり,従って患者の感情は遅鈍となり遂には鈍麻するに至る。而して往々感情失節Ataxie der Gefühleを起こし来る。これ,知,情,意三方面を共齋せしむべき調和的秩序喪失せられたるに起因し,其結果感情鈍麻に陥らざる場合に於いても興味を感ずる力なく突然感情そのものの衰えたるが如き観を呈す。即ち患者は不関的没交渉の状態となり,家族,知友に対する情褪せ,己が職業,志望に関して満足熱心することなく,身体運動は活発なれども,患者は最早一の喜び,一の悲しみをも感ずること能はずなり,在院患者ならば家族の見舞ひあれども何らの興味をおぼゆることなく挨拶の一言をも発せず,唯速に腕を伸ばして見舞い品を攫み,之を口にするが例にして,これ早発性痴呆の家人の訪問に対する唯一の挨拶なり殊に緊張病者に於いて著明なり。本病の末期に至れば患者は周囲のあらゆる事物に対して完全なる不関症を現すが臨床上の主徴候なり。患者は最早美妙なる感情の所有者にあらず,衣服の破れたるも頭髪のみだれたるも意とする所にあらず,身体穢れるも,口角に蠅の集まるも。虱の群れるも毫も嫌悪の色なく,裸体となり陰部あらはるるも敢えて恥とせず」

 ヤスパース(1883-1969)(D)は,1913年に出版した「精神病理学原論」の中では,感情鈍麻についての記載をほとんどしていない。病的精神生活の主観的現象(現象学)の感情と気分の項において,急性精神病に一時的に見られる無感情と感情のうせた感じについてのみ記載をしている。これは,むしろ解離に近い症状のようにみえる。少なくともヤスパースはこの項において,慢性精神病状態の感情鈍麻について記載していない。

 クレペリン(1856-1926)(D)は,1899年に支離滅裂な妄想の拡大による人格の崩壊をひきおこす進行性精神疾患として,早発性痴呆(Dementia Praecox)を疾患単位として取り上げた。エヴァルト・ヘッカー(Ewald Hecker) (D)による破瓜病(1871),カール・カールバウム (Karl Ludwig Kahlbaum) (D)による緊張病,妄想病という3疾病形態を抱合した。ヘッカーはカールバウムの弟子である。また,早発性痴呆は躁鬱病とともに内因性精神病の二大疾病単位を構成するとした。
1913年に出版した「精神分裂病」の中で,感情鈍麻について詳しく語っている。「感情障害・感情鈍麻 患者では感情生活の障害が非常に目立ち,これが深く侵されるものである。こういう変化の中で最も重要なのはまず感情鈍麻である。前に述べた注意の障害もすでに主として関心の喪失と関係し,我々の精神力を適合させ,課題を片付けさせ,思路をたどらせようとするあの感情的な発動性が働かなくなることもこれと関係する。患者が以前の感情的関係に対する独特な無頓着さ,すなわち身内の者や友人への愛情,活動と職業に従事することの満足,休養や娯楽の喜びなどなお消失は発病の最初の,またもっとも目立つ徴候である。患者には『本当の生の喜び』,『人間らしい感情』がもはやなくなっており,『何もが一様でどうでもいい』のであり,『悲しみも喜び』も感ずることがなく,『何事も心情なしに語る』のである。ある患者は,ひどく子供みたいになってしまって,何の関心も興味もなく,前には決してこんなことはなかった,といい,またある患者は,何も自分を喜ばせない,自分は悲しいがそれでも悲しくない,といった。またある患者は,『魂の平和の気持ち』があるといい,また『冷やかさの限りの冷やかさを感じる』といった。またある女の患者は『私が全くばかになってしまって,なんでもがすごく一様なのです』といった。希望も願望も,心配も恐れも沈黙してしまう。患者は今の勤め口から解雇されるのも,病院に入れられるのも,浮浪者に落ちぶれるのも,禁治産になるのも,何の感情を動かすこともなく平然と受けとり,どこへ連れていかれようと『退院までは』何の文句もなくそこに止まり,どこかの病院に世話してもらいたいといい,恥ずかしいとも感ぜず,満足も感ぜず,鈍感にぶらぶらと毎日を送る。気分の背景はこの際,対象のない快活さであるか,ぶつぶつ不平をいったり,おずおず弱気だったりする不機嫌さである。非常に特徴的な症状の一つに突然現れる笑いがしばしば,理由もなく起こることで,病気のごく初めからもう現れることがしばしばある。ある患者の家族の者は『何か考えるといつもそれがおかしくて笑うのです』といった。道徳感情と,それが行為に規制を与える影響もひどく侵される。従って患者の既往歴に刑法や公共の秩序への違反行為が時々あるのみならず,病気が始まってからも公安に危険な行為が行われることがある。ピギニによると114人の有罪判決を受けた精神病者の49.1%は,早発性痴呆に属した」

 英国のフランク・フィシュ(1917-1968)(E)は,次のように記載した。「感情の鈍麻はほとんどすべての分裂病の患者に認められる。たとえば慢性期の妄想型分裂病患者はしばしば何の感情もまじえずに被害妄想について語り,それが無視されても平然としている。彼らの妄想と現実の世界は解離しており,たとえば自称天国の女王である患者が平気で床の拭き掃除をする。しかしこのことをあまり重視してはならない。人間はどんな生活習慣にも慣れるもので,たとえ過去に王位にあった人も会社の経営に慣れるようになる。慢性期の患者は自分の妄想や幻覚体験について問いただされると,わずかのあいだ混乱した様子をみせるものもあるが,なかには強い感情をこめて妄想を主張し続ける患者もある。彼らは自分の確信を軽んじられると腹を立て,愚弄されたと感じて医者を激しくなじったりする」,「破瓜病や軽症緊張病で倫理感情が低下すると,患者はしばしば浮浪者や売春婦に転落し,あるいは微罪を重ねる。慢性分裂病の犯罪はふつう小さなこそ泥にとどまるが,著しい感情鈍麻がある場合には残忍な暴力行為に及ぶこともある」

 クルト・シュナイダー(1887-1967)(D)は,「臨床精神病理学」の中で,感情鈍麻の用語を用いていない。彼は,感情荒廃(Gefühlsverödung)について以下のように述べている。感情荒廃とは心的感情体験の喪失であり,高度に鈍化したすべての患者および極めて多くの統合失調症患者にみられ,外部から観察されることによって確認される。だがこの場合,必ずしも感情の可能性が真に破壊されているとは限らない。ある時予想をはるかに上回る温かさと活気が再び現れることがある。一部の統合失調症状態では感情荒廃は身体感情も冒すことがあり,すると,疼痛,空腹,疲労を感じなくなる。時に感情荒廃は統合失調症患者自身によって確認されることがある。私の患者の一人は『私は精神と惰性が10%しかありません』と言った。また,別の患者は詩の中で『かつて私の精神が感じた活気を,誰が戻してくれようか』と書いた。患者がこうした確認を冷静に言明することは稀でしかなく,たいていはここでも感情的狼狽が明らかである」

 オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler 1857- 1939)(Swiss)は、早発性痴呆に変えてスキゾフレニア(schizophrenia)(現在、日本の精神医学用語では統合失調症、旧・精神分裂病)という用語を提唱することになる。初めての教科書は1911年に記載され,感情障害は4Aという基本症状の一つとされた。
マンフレッド・ブロイラーBleuler M 1983(Swiss)は,精神分裂病の精神病理学像の情動性の障害として感情障害を挙げ,以下のように記載した。「感情は冷却し,あるいは無意味に刺激されており,易刺激的,硬直または不自然といった印象を与える。隠れたところでは彼らには豊かな感情生活が属しているが,しかし,この感情生活は現実性よりも,むしろ彼らの空想的な表象世界と関係がある。患者では相反する感情がその表出の際相互に対向的に抑制するため,分裂病患者の感情は健康者にとって感情移入できないことがよくある。分裂病の重症型では,しばしば情動性痴成が最も著明な障害である。昔の介護施設では幾十年もの間どんな感情の起伏も示さない患者が,大勢で群がっていた。ぐっしょりと濡れたベッドあるいは凍りついたベッドに横たわり,飢渇あるいはその他のことにも要求を示すことがなかった。もはやものを感じない人間であるかのように扱わなければならなかった。・・・重要な事柄に対する無関心さがある。彼らの将来,家族の運命については冷淡である。しかし,一方,面会者の持ってきた菓子は熱心に食べる。情動の減弱はいつも見られるわけでなく,むしろ逆に,個々の症例については,種々の方向を向いた過敏性を観察することができる。活動的な患者もおり,人類の健康を改善しようとする熱心な患者もいる。しかし,これらの例でも,より細かく観察してみると,ある重要な事柄についての無関心,情緒の一時的低下あるいはより繊細な感情の共同作業の中での矛盾といったものを見ることがある。・・・精神療法の経過中に,一見感情的にはまったく空虚であったはずの分裂病患者のなかに,予想外に温かく,こころのこもった感情の表出を感ずるということは大きな体験である」

 諏訪1984は,感情鈍麻について以下のように記載した。「外界に対して無関心となり,共感性に乏しく,感情の表現がない。精神分裂病に特有であるが,発病初期には,表面的には感情鈍麻のようにみえても,内面的には敏感で,内的体験が活発であることが多い。しかし,末期には人格全体としての荒廃をきたし,感情鈍麻も人格荒廃の一面とみなすことができる」,「感情および意志の鈍麻(無感情,無為)を状態像の主体となす精神分裂病の破瓜型」において次のように記載している。「特有な初期症状をしめす時期(軽微なためほとんど気づかれないことも少なくない)を経過すると,感情と意志の面における鈍麻がしだいに強くなり,初期にあった妄想や幻覚はほとんど消え,あるいは残っていても患者自身は無関心な態度をとり,自閉的となり,さらにいわゆる無感情,無為の状態に陥る」

 講談社精神医学大辞典(岡本重一)1984によれば「感情反応の減弱ないし消失した状態を感情鈍麻と呼ぶ。[原因]器質精神病(脳の器質的損傷にもとづく精神病,たとえば,進行麻痺,老年痴呆,脳炎や脳外傷の後遺症,遺伝変性疾患など),精神病質(とくに脳損傷にもとづく性格的欠陥),中毒精神病(麻薬中毒,アルコール中毒など),精神分裂病,長期にわたる拘禁生活など。[精神状態]軽いばあいには,高等な感情(審美感,道徳感など)の低下が目立つ程度である。たとえば,きたないことに平気,破廉恥,酒におぼれて家人の困窮も苦にしない,平気でうそをついたり他人をだましたりするなどである。高度になると,快・不快,喜怒哀楽の感情も枯渇し,しだいに,まったく無感情あるいは無関心となり,家族が面会に来ても喜ばす,肉親が死亡しても悲しまず,看護婦が口の中に入れる食物を反射的に嚥下するだけで,空腹感も満腹感もみられなくなる。身体的感情も鈍麻し,その程度に応じて種々の疼痛も感じないので,褥そうができやすい。なお,無感情より軽い退行段階で,しばしば,上機嫌(多幸症),児戯的爽快などの情緒がみられる。感情は,ふつう,表情や身体の動きあるいは行為に表出され,それを通じて察知されるが,一般に,感情鈍麻も意欲発動性の障害と関連していることが多い。無感情はふつう無為と共存する。ただし,精神分裂病の感情鈍麻は器質精神病の場合とはかなり趣を異にする。初期には高等な感情の鈍麻が認められる。しだいに,感情面の障害が顕著になるが,鈍感と敏感の共存(stumpf und gereizt)が特徴的で,平素まったく無表情でなにが起こっても感動の色もみせないのに,ある日とつぜんわけもなく泣きだしたり,他人に暴行を加えることがある。分裂病では,一般に自閉的で感情面でも共感に乏しいが(感情疎通性の障害),内面では複雑な感情の動きがありながらそれを表出できないばあいもある。一見,高度の感情鈍麻があるようにみえても,敏感な内面のあるばあいが少なくないので,このような患者と接触するばあい,細心の心遣いが必要である。ただし,昨今,治療の進歩により,分裂病患者には昔日のごとき高度の感情鈍麻は少なくなりつつある。分裂病における高度の感情鈍麻は,一部では長期にわたる入院生活(一種の拘禁)の影響もあり,また,分裂病と診断されているがじつは種々の脳疾患(器質精神病)の含まれている可能性も考えられる。[感情消失感との鑑別]感情鈍麻と似て非なる状態に,無感情の感情(感情消失感)がある。これは離人症に属する症状で,主観的な感じの異常である。患者は<なにも感じない>,<肉親の顔を見ても肉親感がわいてこない>,<食事をしていても満腹感がない>などのごとく,体験として感情を喪失したと訴える。しかし,その際患者の顔貌には不安,苦悶に相当する感情の動きが表出され,それ以外の会話の際にも,話の内容に応じた活発な感情の表出がみられ,感情を失った状態ではなく,むしろ,感情を失ったと感じて悩むつらい感情がある。反対に,感情鈍麻のばあいには,本人自身はその点に関して病感も病識もない」

Andreasen NC(1984)(USA)は,精神分裂病を症状によって陽性分裂病,陰性分裂病,混合分裂病に分け,その分類の妥当性を統計学的に検討した。陰性症状は陽性症状ほど評価の際の信頼性に問題があるとして重視されない傾向があったが,独自にSANS(陰性症状評価尺度)を作成し,その信頼性の検討を行った。わが国では,太田ら(1984)が日本語版の信頼性の検討を行っている。SANSは情動の平板化・情動鈍麻,思考の貧困,意欲・発動性欠如,快感消失・非社交性,注意の障害の5つの大項目からなり,全部で30項目の尺度からなる。この中で情動の平板化・情動鈍麻は第1の項目であり,最も多い9つの評価尺度からなっている。表情変化欠如,自発的動きの減少,身振りによる表現の減少,視線による表現の減少,情動反応性欠如,場にそぐわない情動,声の抑揚の欠如,情動の平板化・情動鈍麻の主観的評価,情動の平板化・情動鈍麻の総合評価の9項目である。これを0から5の6段階で評価する。太田らは準構成的面接の方法の和訳を記載した。

大月1987は,感情鈍麻について以下のように記載した。「無関心で共感性(感情疎通性)に乏しく,感情の表現がない状態である。強度の感情鈍麻では肉親の死に際しても情動がみられず,また,暑さ,寒さ,不潔さなどにも無関心となる。分裂病に特有な症状である。分裂病の初期では表面的には感情鈍麻のようにみえるが,内面的には非常に敏感なことがあるし,逆に,表面的にはさほど目立たないが,感情鈍麻を自覚する場合もある。末期の著明な感情鈍麻を感情荒廃ともいう。この際には意欲減退(無為)を伴いやすく,感情鈍麻,無為の状態を人格荒廃という。感情鈍麻は器質性脳症候群にもみられる」また,別の項で感情鈍麻を以下のように記載した。
「周囲の事柄に無関心となり,生き生きとした感情の発露がなく平板化する。しかし,感受性鈍麻の状態でも,ときとして異常に繊細,敏感な感情を示すことがあり,鈍感と敏感との混在が分裂病の感情障害の1つの特徴である。感情に深みがなく,表在性の感情の高揚が加味されて,わざとらしく媚びるような状態を児戯性という」

 PANSS評価尺度:陰性尺度(N)(CAN)1991の中で,以下のような判定基準がある。
N1.情動の平板化(Blunted affect)
情動反応の現象をさす。表情,仕草,適切な感情表現の乏しさに表れる。感情基調や情動反応性の身体的表現を面接時の観察に基づいて評価する。

  1. なし:定義に当てはまらない。
  2. ごく軽度:病理的か疑わしい。もしくは正常上限。
  3. 軽度:表情やしぐさの変化が大げさであったり,不自然であったり,あるいは適切さに欠けている。
  4. 中等度:表情と仕草が少なくなり,愚鈍な印象を与える。
  5. やや重度:情動は全般的に平板で,たまにしか表情は変化せず,仕草もわずかである。
  6. 重度:顕著な平板化を示し,ほとんどいつも感情表現が欠落している。興奮,憤怒,衝動的な笑いなど,不適切で極端な感情表出がみられることがある。
  7. 最重度:感情の変化と仕草はまったくみられない。患者はまったく生気がなく「木のような」印象を常に与える。  新版精神医学事典(阿部隆明)1993によれば,感情鈍麻は以下のように記載されている。「感情の細やかな動きが減少し周囲との人間的交流が失われること。精神分裂病や器質精神病などで観察される。感情は表情や身体の動きで表現されるので,欲動の障害とも関連している。高等な感情から侵され,軽い場合には道徳感が低下し非社会的な行動を示すのみであるが,進行すると喜怒哀楽の表現もできず,ついには周囲の出来事に対してまったく無関心になり,空腹感,痛覚などの身体感覚も消失し,「植物的存在」と化す。しかし慢性の分裂病の場合は鈍感さと敏感さが共存していて,一見まったく動きがなく無表情でも,なんかの刺激に対して突如として反応することがある。その反応はしばしば了解不能で,悲しい状況で突然笑い出したり,何の脈絡もなく暴力をふるう。したがって分裂病の場合は感情の質の障害とも考えられ,対応には細心の注意が必要である」  濱田1994は,感情鈍麻について以下のように記載した。「刺激に対して感情が湧かないようにみえること。高等な感情から先に冒されるので,初期には倫理観やモラルに乏しく,鈍感で配慮に欠ける無神経な態度indolence(in:否,dolor:痛み),hebetude(hebes:鈍い),torpor(torpeo:鈍い状態でいる)(E)にみえる。しだいに感情は表面的で平板化flattening(E)し,心底からの深い感動や細やかさがなく,周囲の出来事に無関心indifference(E),Gleichigültigkeit(D)になる。無感情(apathy(E),Apathie(D)もほぼ同義で,形容詞はapathetic(E),apathisch(D)である」  西丸1996は,「感情鈍麻のある言動は,鈍感であると共に無為であって,ものぐさで,無関心で,だらしなく,不潔もかまわず,ぼやっとしており,娯楽も交わりも求めず,退屈をかんじることもない」とした。「感情の減退としては一般的感情鈍感性,無感情,すなわち快も不快もあまりおこらない感情鈍麻,感情貧困があり,これは多くは無意欲,無為を伴う。部分的鈍感性として空腹感や性感の減退がある(不感症)」,「感情荒廃,感情鈍麻,無関心は,分裂病や欠陥状態に見られる。価値感情から状態感情にまで及び,著しいときには身体感情まで鈍くなって,痛みや飢えもかんじなくなる,軽いものでは無遠慮,無関心,気が利かないという形を呈する。真に感情がなくなってしまったものもあろうし,感情体験はあっても表現がないこともあろう。後者は自閉にもあり,心の中には豊富な精神生活があっても表現しなかったり,外界との関係がずれてしまったりして,われわれに病人の内界がわからないのである。無感情,感情鈍麻という言葉も感情の現れない状態一般に用いられるが,分裂病と限らず,抑うつの時の抑制にも,種々の急性精神病の茫然状態にも,心因反応にも無感情状態は見られる。無感情のときには,無意欲(無為)も一緒にあり,両者を共に鈍感無為,情意鈍麻といってもよい。」

カプランの教科書2003(USA)には,以下のような記載がある。
 「1911年にSchzophrenieという用語を提唱したオイゲン・ブロイラーは,思考や情動,行動の間に分裂がみられることをあげた。そして,クレペリンの早発性痴呆(dementia preacox)との違いは,前者が必ずしも荒廃過程を必要としないことである」。
 「ブロイラーは,統合失調症の基本症状(fundamental symptom)を記述した。連合弛緩(looseness),感情障害(affective disturbance),自閉(autism),両価性(ambivalence)である。ブロイラーは副次(二次)症状も記述しており,幻聴,妄想がそれに相当する。シュナイダー(Kurt Schneider)は逆に,一級症状として,幻覚や妄想,思考伝播などをあげ,二級症状の一つに『情緒の貧困化の感覚』をあげている。ラングフェルト(Gabriel Langfeldt)は,症状基準のはじめに,『人格変化は,指南力の低下など特殊な形の情緒障害や頻発する奇妙な行動として現れる(特に破瓜病においては,その変化は特徴的で,診断の有力な手掛かりとなる)』とし,感情鈍麻の重要性を示している」
 「DSM-Ⅳ-TRでは,統合失調症の診断基準のA特徴的症状5つのうち,5番に陰性症状をあげ,思考の貧困,意欲の欠如とともに感情の平板化をあげている。また,下位分類では,妄想型,解体型に基準として「平板化したまたは不適切な感情」をあげている」
 クロウ(T J Crow)は,1980年統合失調症を陽性症状と陰性症状から2群に分けることを提唱した。陰性症状とは,感情の平板化または鈍麻,言語の貧困化,言語内容の貧困化,途絶,不潔,動機づけの低下,快楽消失,社会からの引きこもりとした。Ⅰ型は陽性症状主体でCT上正常の脳構造を持ち,治療によく反応する。Ⅱ型は,陰性症状主体でCT上異常を認め治療に反応しにくいとした。
 アンドレアセン(Nancy Andreasen)は,1987年111人の統合失調症の陰性症状と陽性症状について調べた。陰性症状を5つのカテゴリーに分けたが,その第1に感情の平坦化をあげ,その内容7つと頻度を示した。無表情,自発的動作の減少,感情を表すしぐさの減少,視線を合わせることが少ない,感情的無反応,不適切な感情,声の抑揚の欠如をあげた。感情鈍麻の内容を示した文献は他にほとんどなく,きわめて重要である。
 カプランは,統合失調症によくある感情面の症状は,ときに快楽消失と考えられるほど重篤な情緒的反応の低下と,極度の怒り,幸福感,不安などの過度に激しい不適切な情動があるとした。平板で鈍麻した感情は,病状である場合もあるし,薬剤性パーキンソニズムであることや抑うつの表出である場合もあるとし,区別は臨床的に難しいとした。以上がカプランの記載である。

 「専門医をめざす人の精神医学」2004の感情鈍麻の記載を見ると,感情の障害の項に「刺激に相応する感情が生じがたい場合に,感情不応性・感情平板化・感情鈍麻や無感情などの用語があり,種々の脳器質疾患や人格障害,解離性障害,統合失調症などでみられうる」(浅井昌弘)統合失調症の感情の障害の項には,「感情平板化や感情鈍麻が特徴的である。プレコックス感を形成し陰性症状の代表的な要素でもあるが,症状として把握するにはかなりの経験を要する。表情,視線,体の動き,話す内容と非言語的レベルでの表出との調和などが診断のポイントになる。急性期の感情障害としては強い不安,感情の易変性,両価性がみられる」以上全文,(井上新平)

 中井2004は「感情の平坦化」について以下のように語っている。「一言でいえば,感情の幅が狭くなることである。音楽にたとえれば単調なリズム,メロディー,音域の狭さ,倍音の欠如といおうか。安永浩は,ローソクの炎のような感情の揺らめきが少ないという同僚の言葉を紹介している。非常に微妙な対人感覚の違和感である。また,統合失調症の2級症状の「感情の貧困化」をとりあげ,「本人が自分のこころが冷えていく,私の人生は索漠としたものだと訴えること」としている。感情鈍麻という言葉を使っていない。

 DSM-Ⅳ-TR2004では,以下のように示されている。「感情の平板化は特によくみられ,視線を合わすことが乏しく,身振りが減少して,動きのない反応に乏しい顔面が特徴的である。感情の平板化を示す者も時には微笑んだり,感情の高まることがあるが,表現される感情の豊かさは,ほとんどいつも,明らかに減少している。感情の平板化が基準に当てはまるほど十分持続しているかを見極めるためには,その者が仲間と交わっている様子を観察することが有用である」また,「ある種の抗精神病薬の投与はしばしば運動緩徐などの錐体外路症状と生じるが,これは感情の平板化と非常によく似ることがある。真の陰性症状と投薬による副作用の区別は,抗精神病薬の種類,抗コリン薬投与の効果および用量調節に関する臨床的判定にかかっている」とも記載されている。

 針間2013の「感情鈍麻」全文を以下に示す。「感情鈍麻(blunted affect)とは,感情反応性の低下による感情の平板化,貧困化を示す。統合失調症における感情反応性の障害には,感情鈍麻の他に,感情反応の方向性の変化である感情倒錯(parathymia)がある。1)感情鈍麻/感情の平板化 観察者によって客観的に判断される感情鈍麻/感情の平板化とは,顔の表情の乏しさ,身振りの減少,自発的動きの乏しさ,声の抑揚の欠如などによって示される。情動表出の範囲の明らかな減少である。感情鈍麻は感情の浅薄さと冷淡さ,自己と他者の安寧や将来に対する無関心として現れる。統合失調症の特に病初期においては,感情鈍麻が患者に自覚され,苦衷を伴って訴えられることがある。例えば,「何の感情も感じられなくなった」というアンヘドニア(無快楽症)として訴えられる。感情鈍麻の著しいものは,感情荒廃と呼ばれる。感情を心的感情と身体感情に分けると,感情荒廃は特に他者に対する愛情,信頼,同情,共感といった身体感覚に対しても鈍感になる。感情平板化の軽症形態は,狭小化した感情(constricted affect)と呼ばれる。この場合,情動的応答が生じはするが,その範囲が正常な場合よりも制限されている。これは統合失調症型(パーソナリティ)障害の特徴の1つでもある」

 大内田2013は,感情の荒廃について以下のように述べている。
「周囲の事柄に対して持っていた新鮮な興味や,細やかな愛情が次第に失われていく」となると,感情鈍麻の始まりです。感情と欲動は表裏一体で切り離せない関係にあり,欲動低下が進むにつれて,感情鈍麻もひどくなります。生活に気力がなくなり,職業,ひいては趣味や娯楽に対しても熱意や関心が薄れてきます。こうした情意鈍麻の進行速度は症例ごとに異なります。統合失調症では,幻覚・妄動・滅裂思考,緊張病症状を陽性症状,思考の貧困化と感情と欲動の鈍化を陰性症状といいます。派手な陽性症状の出没にとらわれず,陰性症状の進行具合に注目することが大切です。末期とされる情意荒廃の状態では,患者は無為自閉の生活を送り,無関心。無感情な荒廃状態となります。身体管理にも無関心で,だらしなく不潔にしていても平気で,食事にも無関心となり,上げ膳下げ善の状態になりやすいのです。感情は平板化して退屈も感じない,同室者が首を吊って自殺していても全く関心を示さない,こうした情意の荒廃状態に至らしめないために,また情意荒廃から回復させるために,何ができるかが大変な問題なのです」

Discussion

  1. 以上の感情鈍麻に関する記載の内,共通する内容は何か?
  2. 他の精神症状との関係はどうか?
  3. 治療者の思いが分からないのは感情鈍麻か?
  4. 病識の欠如と感情鈍麻の関係はどうか?
  5. 空気が読めないのは感情鈍麻か?
  6. 主観的な感情鈍麻と客観的な感情鈍麻を一緒に論じてよいか?
  7. 感情鈍麻は不可逆的か?
  8. 薬剤の副作用で感情鈍麻はあるか?
  9. 一時的な感情鈍麻はありうるのか?
  10. 神経伝達物質ではどう説明されるか?
  11. 感情鈍麻の反対は好奇心旺盛か?
  12. 感情鈍麻は刺激に対する反応でみるのか?
  13. 刺激と関係なく,自発的運動の低下とみるのか?
  14. 感情鈍麻は力動的にみると防衛的意味を有するのか?(それは解離か?)
  15. 急性増悪を繰り返すと感情鈍麻がすすむのは本当か?因果関係があるか?
  16. ジャクソンの考え方を援用すると,機能の喪失,つまり感情鈍麻が陽性症状を作り出すのではないか?
  17. 感情鈍麻が苦しいと感じられる感情鈍麻は存在しうるか?
  18. 平板とは場面で見た平板なのか?時間軸で見た平板なのか?

文献
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大内田昭二:症状論から学ぶメディカルスタッフのための精神医学概論.創造出版,2013
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濱田秀伯(はまだひでみち):精神症候学.弘文堂,1994
山田寛,増井寛治,菊本弘次:陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)マニュアル.星和書店,1991 Stanley RK, Lewis AP, Abraham F: Positive and Negative Syndrome Scale (PANSS) Rating Manual.Multi-Health Systems Inc. Toront, Ontario, Canada.
大月三郎:精神医学.文光堂,1978
石田昇著,呉修三校閲:新撰精神病学 南江堂.(昭和52年復刊,創造出版)
加藤正明,保崎秀夫,笠原嘉,宮本忠雄,小此木啓吾編:新版精神医学事典,弘文堂,1993
新福尚武編:講談社精神医学大辞典.講談社,1984
切替辰哉訳:オイゲン・ブロイラー内因性精神障害と心因性障害.中央洋書出版部1990(Eugen Bleuler: Lehrbuch der pszchiatrie Fünfyehnte Auflage, neubearbeiten von Manfred Bleuler Springer Verlag Berlin Heidelberg 1983)
Andreasen NC: The Scale for the Assessment of Negative Symptoms(SANS). University of Iowa, Iwowa City, IA, 1984
太田敏男,岡崎祐士,安西信雄:陰性症状評価尺度(SANS)日本語版の信頼性の検討.臨床精神医学 13:1123-1131,1984

平成26年2月に浦和神経サナトリウム勉強会のために作成したもの 菊池