全身性エリテマトーデスとかループスエリトマトーデエスと呼ばれる膠原病SLEですが、情動面の障害を中心に精神症状が出現しやすい身体疾患です。これは、免疫系に関係する疾患であり、神経ー免疫ー内分泌というトライアングルがあることを以前は指摘されていたのですが、そう思わせる疾患の一つではあります。私は、この疾患の患者を2人しか診たことがありませんが、いずれも印象深く記憶に残っています。

 論文にもさせていただいた女性の症例は、やはり情動の問題を抱えていました。後にお話しする幻聴や妄想を症状とする22q11.2欠失症候群(統合失調症様の精神症状が頻発する染色体異常)とは異なるのです。今でも覚えているのは、ある日、診察室で、不安だとおっしゃり、私が湯のみ茶碗に水を入れ、頓服薬を飲んでいただきました。彼女は、ゆっくりと湯呑茶碗の水を飲み干し、次の瞬間、その茶碗を診察室の床に強く投げつけました。陶器の茶碗は粉々になりました。そのように、怒りとか、不安とかが強まり、衝動的に行動に移ってしまうということがありました。

 原因と結果は、以前申し上げましたように、たいへんな問題だと思っています。SLEでは、その疾患のために、不安定になるのか、それとも治療に用いられるステロイドが情動不穏の原因なのかが問題となります。数十年前当時調べたところでは、日本のステロイド精神病の症例をまとめて報告していたのは、滋賀大学教授から埼玉江南病院院長の高橋三郎先生だけだったと思います。この患者さんも当然、ステロイドを服用していました。そして、当時検査できるSLEの病態の程度を示す、抗核抗体や抗DNA抗体、白血球数などが定期的に測定されていました。

 精神症状には波がありましたが、これが何によるのかはなかなかわかりませんでした。しかし、内科の先生がステロイドを増やしたところ、一時精神症状の悪化を見たのちに、徐々に軽快して退院することができました。その間、精神症状の悪化を示したのは、不安時の屯用の使用回数です。これを計算してみると、何と、きれいな山型になっていたのです。つまり、精神症状の波が図または数字で分かったのです。そして、それが、生物学的ないくつかの指標の中で何に当たるかと図示して調べたところ、抗DNA抗体のピークが不安時屯用のピークと重なっていたのです。

 これには大変驚きました。私のひとつのテーマである原因と結果という点で非常に考えさせられる症例でした。もし、身体と精神との関係に気付かなかったら、単に偶然に精神症状が変動している、これは、身体とは関係のないこころの問題だと間違って考えていたかもしれません。もともと神経質な方だからとか、親子関係の生育上の問題などと捉えられていたかもしれません。いや、現在でも身体と結びつきがある精神症状が、見過ごされたり、ほかのせいにさせられたりしています。そして、今でも患者さんたちは不利益を被っている可能性が多くあります。

 私たちは、精神科領域のできごとの原因を正しく捉えることはできません。上記の抗DNA抗体にせよ、相関関係はあるが本質的な原因とはいえないでしょう。このように、原因を知ることは人間には困難なことです。しかも、人間はおそらく遺伝子的に原因を追究する性質が備えられています。なぜなら、それは生存のために原因を特定することが重要だからでしょう。そのため、人間は原因が分からない時とか、あいまいな時にも、原因を探し、適当に原因としてしまうことがあります。また、多くの人がそれに賛同してしまうといった悲劇も起こります。

sleの患者さんの臨床経過の図

 精神医学や心理学の場合、原因が分からない時に、患者の本来の性質だとか、親子関係だとか、幼児期の体験だとかに還元されてしまうことがあります。原因を一応特定し信じ込むことで医療者のこころも安定するからです。だから、無意識のままに適当な原因を想定したり、決めつけたりします。患者さん本人もだまされていることもありますし、親の育て方を原因として、親を困らせる場合もあります。少なくとも原因はそう簡単には分からない、それは人間の領域ではない、人間は少なくとも精神科領域において原因と結果と言う問題については謙虚でなければならないのかもしれません。原因と結果の問題につきましては、後日ご報告させていただければと思います。